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プロローグ

 薄気味悪いところだぜ、ここは。

 あたり一面の陰鬱な景色にげんなりするあまり、俺は肩を落として溜め息ついた。

 吐き出した白い息が、周囲の霧にすうっと溶け込む。

 ぱきっ、ぺきっ。

 見渡す限りうっすらと立ち込める、灰色がかった霧。見上げた空に輝く太陽はなく、地上の霧より黒ずんだ暗雲が重々しく垂れ込めてやがる。

 ぺきっ、ぱきっ。

 足元を埋め尽くすばかりか、幾千幾万と積み重なり、あちこちに無数の丘をつくり上げてるのは、死せる者たちの骨、骨、骨だ。

 頭蓋骨に背骨、肋骨、大腿骨。歩くことで、それらを否応なく踏み砕いちまう度に、枯れ枝が折れたときみてえな乾いた音がする。

 ぱきっ、ぺきっと。

 地上じゃ到底見られねえ、不気味な光景が広がるこの地の名は――冥界。フェルナース大陸に住む人間や妖精(エルフ)小人(ドワーフ)といった様々な種族が、死後に行き着く地下世界。

 その真っただ中を今、俺は――フランメラルドの息子フランメリック、略してメリックは、たった一人で歩いてる。別に寿命が尽きたわけじゃなく、怪我や病気で命を落としたわけでもねえってのに。

 歩きながら、三年と半年前に故郷を飛び出して以来、賞金首の魔物退治や遺跡でのお宝探しに勤しむ冒険者として過ごしてきた日々を、脳裏に思い浮かべた。それに、つい先日まで一緒に旅して冒険してきた、二人の仲間のことも。

 一見高慢ちきなすまし屋だが、意外と仲間思いな妖精(エルフ)の美青年デュラム。愛らしい見た目にさっぱりした性格ながら、極度の世話焼きな魔女っ子サーラ。どっちも俺にとっちゃ大切な、かけがえのねえ存在だ。忘れっぽくて間が抜けてるのが欠点の俺だが、二人と苦楽を共にしてきたこの三年半の間にあったことは、すべてはっきりと覚えてる。たぶん。

 たとえば……お宝求めて訪れたシルヴァルトの森で、フェルナース大陸を支配する神々や、フォレストラ王国の姫さん――〈狼姫〉の異名を持つウルフェイナ王女と出会ったこと。シルヴァルトの森の奥深くにある〈樹海宮〉って遺跡で、かつて俺の親父を殺した仇敵、魔法使いカリコー・ルカリコンをぶっ倒したこと。フォレストラ東端の交易都市コンスルミラで姫さんや神々と再会し、サンドレオ帝国の使節団を率いる〈獅子皇子〉――あの傍迷惑なレオストロ皇子と戦ったこと。それに、コンスルミラから俺の故郷イグニッサ王国へ向かう船旅の途中、悪名高い海賊シャー・シュフィック一味や大海蛇ヘッガ・ワガンに襲われるわ、乗ってた船が沈んでウェーゲ海を筏で漂流する破目になるわと、そりゃもうさんざんな目に遭ったこと……。

 その間、仇敵の黒幕である火の神メラルカに「ボクのしもべにならないかい?」って誘われたり、サーラが呪いに身を蝕まれてることがわかったりもした。その呪いを解く手助けをしてやるから、自分と取り引きしないかって、メラルカに持ちかけられたりもしたっけな。

 困難苦難の果てに、やっとのことでレクタ島の港町イスティユにたどり着き、宿屋でほっと一息……つけたのも束の間。


 俺は今、生きながらにして冥界をさまよってる。


 一体どうして、こんなことになっちまったのか。

 神々が定めた運命に抗い、イグニッサがフォレストラに戦を仕掛けるのを阻止する。そして、カリコー・ルカリコンの陰で糸を引いてたメラルカが、何をたくらんでるのか突き止めてやる――なんて大口叩いてたのが、神の怒りに触れたのか。それとも、そういった自分がやりてえことにデュラムやサーラをつき合わせ、二人の仲間をさんざん身勝手に振り回してきた報いだってのか。それとも……?

 自問を繰り返すうちに、俺の記憶は半月ほど前――俺たちがイスティユにたどり着いた日の夜へとさかのぼる。

 そうだ。あのとき俺は、アステルと一緒に、イスティユの町並みを見下ろす丘を上ってた。半年前にシルヴァルトの森で出会って以来、度々世話になってる星の神様と二人で、丘の上にある神殿へ向かってたんだ。

 そして、丘の頂に着いたところで、確か……。


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