第四章 囚われる(15) 平原の攻防
ロゲニアの西に三つの村、それは近隣の集落が自警団を統合して出来た小国家とも言えた。
そのほかにも小国家が乱立し、山脈の北の大地は国というもので溢れかえろうとしていた。
「クローネにはミズールのローグと交代して貰おうと思う。」
ザクロスはデフィンにそう告げた。
「こういうことですかな。」
デフィンは己の腹を両手で優しく撫でザクロスの眼を覗き込んだ。
「ああ・・・」
ザクロスはそれから目をそらし、僅かに頬を染めた。
「でしたらスローズの所、ドボーグの方が安全ではありませんか。」
「いやあそこは最近ロゲニアの圧力を受けている。
それに比べミズール、あの地はその西にあるプリンツはケムリニュスとの戦い、それに奥の院とやらの対策で、その他のことには手が回らなくなっている。ここしばらくかはミズールの方が安心できる。」
ザクロスが起こした街ペンテン、スローズが確保する街ドボーグ、ローグが人を育てている街ミズール。三つの街は唇歯の形を崩さず栄えていた。
ペンテンにはたまにガリアの襲来があるもののそれを撥ね除け、その威によって周りの小さな集落の人々が集まり、ドボーグにはロゲニアの圧力に耐えかねた人々が集まってきていた。その中でも一番の殷賑を極めているのがミズール。ザクロスが言う様に戦乱もなく安心して暮らせる所として、人々が次から次へと集まり、荒れ地の開墾が進み、街はどんどん大きくなっていっていた。
「クローネのための屋敷を造るか。」
ローグがペンテンに向かい全権を握れると思ったエイゼルはテッドとバルハードに笑いかけた。
「屋敷などと、まだそんな時期じゃぁありませんよ。
ザクロスの意志ではローグの住居の後をクローネに与えると聞いています。」
「ローグの後・・・あそこは街の真ん中、この街の中枢のはず。あそこには俺が・・・」
「ザクロスからの連絡ではそう聞いています。」
言い捨ててテッドはエイゼルが住む訓練場近くの家を出て行った。
「まるで女王様の到着ですな。」
クローネを迎えるエイゼルの横でバルハードが意味ありげに笑った。
その日からエイゼルの瞳に嫉妬と憎しみの灯がともった。
× × × ×
ゴルディオスはヴィンツと新たに起きた小国家との攻防の任を解かれ、今はガリアの首都で警備の任についていた。
ガリアの中枢部の嫉妬なのか、巧くヴィンツの傀儡国造りを阻害していたのに突然の解任であった。
ゴルディオスの兵は全て取り上げられ、彼の下に残ったのは盟友カッセルと自分が取り立てたクイール。その他に僅かに三人の従者だけが許されていた。
「ずいぶん境遇が変わったものですね。」
後ろから声を掛ける者が居る。
「司祭・・・」
「あの者達・・・」
司祭はガリアの中枢部が政治を司る館を見た。
「ずいぶんと貴方を嫉視しているようですね。」
その言葉にゴルディオスは悔しそうに頷いた。
「西の谷に行きなさい、カッセルと共に。
そこにアンドレという男が居ます。彼は亜人を集めた一隊を持っています。」
「しかし・・・」
「その男に貴方のことは話しています。
ケムリニュスの戦力を増強するためとグラシアスに直訴なさい。西の谷は易々と貴方の手に入りましょう。」
「俺が望むものは・・」
「自前の軍。それ位のことは百も承知です。そこであぶれ者達を集め訓練を施す。そのお手伝いは私の部下にさせましょう。」
ゴルディオスが喜色を見せ頷く。
「それにもう一つ。強力な一隊を貴方の配下に加えます・・これにはもう暫く時間が掛かりますが。」
ゴルディオスはその場から西の谷へと向かった。
それを見送った司祭は、
「さてもう一仕事。」
と、ゆっくりとその場を立ち去った。
司祭が向かった先、それは長らくほったらかしにしていたヨーク王国。そろそろ仕上げに取りかかる時期が来たとの連絡があっていた。
× × × ×
ヨーク王国。山脈の北で最も歴史のある国。かつてはランドアナの中央を占め隆盛を誇っていた。その国がプリンツの勃興を許し、その上プリンツの属国フランツの建国まで許した。山脈の北、最古の王国の没落はここから始まり、今は往年の面影は見る影もない。首都ヨルミナ。そこには今、二つの中心があった。一つはかつての王宮、そこには親衛隊の長ダルスが居座り、国の政全てを握っていた。
そしてもう一カ所。豪勢な別邸にはシェーレと共に国王エーシャンが籠もり、数多くの美女との生活を楽しんでいた。
もうエーシャンに国政を見る気はなかった。彼の頭にあるのは女との性愛のことだけ、他のことには全く関心は無くなっていた。
そんな王宮に司祭が現れた、その日、シェーレもまた王宮に出向いてきた
「首尾はいかがですかな。」
「いつでも。兵も民衆もエーシャンのことは頭に無い。」
ダルスがニヤリと笑う。
「ではそろそろ。」
「国譲りですね・・その後・・・」
「その時は私が指示します。快楽の絶頂で死なせてあげなさい。」
シェーレの言葉を司祭が追いかける。
「当分の間、国王代理はあなた。」
司祭は恭しくダルスに頭を下げる。
「その後、しかるべき時にガリヤに併呑します。
その頃には一軍の兵を持ってゴルディオスが帰ってきます・・それにあの男も。」
司祭は意味ありげに唇を歪めた。
翌日、昼近く。
シェーレはいつもの様にエーシャンの寝所にいた。
「王様、お疲れではないですか。」
シェーレが優しくエーシャンに問いかける。
「何がじゃ。」
エーシャンは青黒い顔の中に落ち込んだ、生気のない眼をシェーレに向ける。
「国政をご覧になり、その上、夜な夜な私達を悦ばせる・・お体が持たないのではないかと心配で・・・」
「そんなに疲れた様に見えるか。」
シェーレが頷き、
「ですから・・そろそろお暇を頂こうかと・・・」
「何だと。」
エーシャンの語気が強くなる。
「私達が居ることで、王様の体に障ってはと・・・」
「何を言う・・そんなことはない。」
エーシャンは暫く考え、
「そうだこうしよう・・それがいい、いやそれしか無い。」
と独り、納得顔をした。
「どうなさいました。」
シェーレが怪訝そうな顔で尋ねる。
「国のことはダルスに任せる・・全てだ。」
「ダルスに国を譲るのですか。」
「そうとられても構わない。儂はお前とのこの生活さえあれば良い。
それを約束させ、あいつに国を譲る。
儂は国よりもこの生活を続けたいのだ。」




