第四章 囚われる(6) 新たな仲間(4)
ピグマイオイの村で歓待の一夜を明かし、総勢六人に増えたワーロック達一行は次の行程にかかった。
「アラクネの住み処とシルキーの集落は解るか。」
「ああ、解る。アラクネの住み処はここから南西に三里。シルキーの集落はそこから南に一里の処にある。」
ワーロックの問いにそう答えるドルースの手元をワーロックが見る。
「あなたの得物はその槍と剣ですか。」
そうだと言わんばかりにドルースは腰の剣を叩いた。
「ミーアは剣と弓。」
そうです。と、問われた彼女が頷く。
「ここから先の戦い、それでは心許ないですねぇ。」
「何だと。俺の腕では不足か。」
ドルースが息巻く。
「そうではありません。あなた方の武器のことです。
ちょっとお借りしますよ。」
ワーロックはドルースとミーアの武器を手に取り何やら細工を施そうとした。だが、ドルースは自分の武器をワーロックの手からむしり取り、
「何をしやがる。先祖伝来の武器に。」
と、毒づいた。
仕方なくワーロックはミーアの剣と弓にだけ細工を施した。
「これで大丈夫。ある程度の魔物になら対抗できます。」
ワーロックは梵字が彫られた武器をミーアに返した。
朝早くに南西に向け出発する。森の密度が薄くなり始める。そこでワーロック達は異様な光景を見た。太い木と木の間に張られた蜘蛛の巣にかかったモスマン、それを前に捕獲者であるはずのアラクネは右往左往している。
「助けてあげようか。」
ワーロックが優しくアラクネに話しかける。
「但し、その為には貴女はランダの所へ行かなければならない。」
アラクネが小さく身を震わす。
「そこで貴女は人の体を取り戻し、ランダのために機を織る。」
「それでは・・・」
アラクネがか細い声を出す。
「完全に元の姿に戻れるわけではない。今の姿と人の姿、その両方が貴女の中に存在するようになり、その時々で、貴女はそのどちらかの姿を選ぶことができるようになる。
強制はしない。ランダの所へ行くのを貴女が嫌うならば私がランダに話す。」
どうするという眼で、ワーロックはアラクネを見た。
アラクネは暫く考えて、こくんと頷いた。
「よし・・アラクネをランダの処へ空間移動させる。その瞬間、モスマンが巣から放たれる。アレン、その瞬間に奴を倒せるか。」
おう。と、アレンが答える。その横から、
「助けてください・・私も助けてください。」
モスマンの声が聞こえる。
「女か・・・」
「そうです・・私は雄の下から逃げる途中この巣に捕まりました。まもなく雄が来ます。あの人は暴虐です。自分のハーレムにいる雌達に対しても・・だから・・・」
「ちょっと待て。」
ワーロックは手でモスマンを制し、気を集中した。
念話の向こうのランダと言葉を交わす。
「良かったな。ランダが迎え入れてくれるそうだ・・で、お前の名は。」
「ユアニ。」
「そうか・・では始める。」
念話で指示を受けたアレンだけが身構える。
「急いでください。もうそこまで・・羽音が聞こえます。」
瞬間、アラクネが消えた。自由になったユアニが木の陰に隠れるとほぼ同時に、大きな体のモスマンがワーロック達の上空に現れた。
その下には糸に捕らえられたシルキーが三体。
「我が名はトールン。我が女がここにいよう。すぐに出せ。」
傲慢な口調でワーロック達に怒鳴りつけた。
「なるほどね。あながち嘘ではなさそうだ。」
ワーロックは独り納得し、
「そのシルキー達はどうする気だ。」
恫喝した。
「こやつ等の精を吸うだけのこと、他人の餌の心配などせず、自分の心配をすることだ。」
言うとモスマンは背中の羽根を大きく羽ばたかせた。
「伏せろ。」
ワーロックがサイゼルを突き飛ばす。その後の地面に無数の針が突き刺さった。
「次はこうはいかんぞ。」
今度は口から・・アレンが狙われた。それを軽く躱す。太い針に縫われた木の幹がシューッと音を立て腐れ出す。
「酸の毒液か。
グリーンマンも使えん。」
ワーロックが呻る。
「お前も中々やるようだな。だが此奴はどうかな。」
トールンがカダイに向き直る。そしてまた針をプップップッと三本、カダイの動きを読むように吹き出される。
一本、二本までは躱した。しかし、三本目が・・・カダイを庇ったアレンの太腿に突き立った。肉の焦げる臭いがしアレンががっくりと片膝をつく。が、アレンのナイフが焦げる自分の肉ごと太い針を抉り出した。
アレンの顔に怒気が走る。
体中の筋肉という筋肉が膨れあがる。口が裂け、その中から牙が唇の外まで伸びる。
グアー。アレンが吠え、木々を足場にモスマンに飛びかかる。そのあまりの速さにモスマンは身動きもできない。
アレンが地面に降り立った後からモスマンの首がボトンと地に落ちた。
「土を・・土を掘ってください。」
倒れたアレンの横でミーアが叫ぶ。
「私は大地の精を使えます。時間はかかりますがそれで傷を治せます。」
急いでカダイが地面を掘った。その穴にアレンの下半身が入れられ土が被せられる。
「一日・・一日あればこの人の傷は致命傷とは為らないはず。」
「へへん・・そんなには掛からないよ。」
呪文を唱えるミーアの横でアレンが強がりを言い、眠りについた。
「さて、このシルキー達だが。」
ワーロックはモスマンの糸を女達の体から剥がしながら言った。
「ランダの処へ・・・」
「三人か・・仕方が無かろう。良く言い聞かせて・・」
「わたし達は・・・」
震えるシルキーがワーロックを見る。
「ランダは知っているか。」
三人が頷く。
「ランダが下働きを欲しがっている。五人と言われたのだが、お前達三人で手を打って貰う。ランダの所へ行って貰えぬか。」
「わたし達は・・」
シルキーが震えながら同じ言葉を繰り返す。
「喰われはせん。特にお前達は美しいから十分可愛がって貰えるはずだ。」
ワーロックの説得でシルキー達はその場から出立した。
「まるで女衒のような仕事だな。」
ワーロックは苦笑を漏らしながら横になった。
「治ったぞ。」
翌朝一番に起きたのはアレンだった。
「まだ無理は・・・」
飛び跳ねるアレンをミーアが止めようとする。
「ほっときなさい。聞きはしないよ。」
隣でワーロックが笑った。




