第三章 乱 デビルズ・ピーク(10)
ザクロス達が森を出るとランダの眼が怒りに光り、レーネは怯えを見せる。
それをワーロックが眼で押さえる。
「とにかく今夜は寝ることだね。」
その声に従うようにランダを除く者達が魔方陣の中へ入っていった。
翌朝、アレンがランダの前に現れた。が、ランダはそれを歯牙にも掛けない。
「山上に行くかい。」
ランダがワーロックを見る。
「これを見てくれ。」
ワーロックが彼女の前に地図を広げる。
ランダはそれを見て、ふーんとだけ答え、歩を進めた。
山の上を目指す一行の前に現れたのは生ける屍グール。その後ろには臼に乗った魔女バーバヤーガ。
「あいつは私が貰うよ。」
ランダがその老女を指さした。
「あとの汚いのは好きにするが良い。」
ランダは木の根近くの瘤に腰掛けた。
陣形は昨日と同じデフィンが牽くロバの周りをワーロック、レーネ、テッドが囲み、その前にサイゼル。そのまた前方にザクロス。右翼にクローネ、左翼にカダイ。だがアレンの姿は見えない。その陣形で数多くのグールに相対する。その中をエミリオスが悠然と進んでいく。
「頭を潰せば良いんだろう。」
と、言った瞬間、一体のグールの頭が断ち割られた。
「好きにさせておけ。」
それを見ながらザクロスが苦々しげに言い、自身も一体のグールを槍の穂先に掛けた。
陣形を守りながらも、それからは乱戦に陥る。だがワーロックとレーネの出番はない。
「さて、そろそろかねぇ。」
木の瘤からランダが立ち上がり、バーバヤーガを睨む。
「まだやるかい。」
ランダの睨みにバーバヤーガが怯え、下を向く。
「私と一緒に来な。」
その声にバーバヤーガが頷いた。
エミリオスと何を話してるのか、道々ランダの笑い声だけが響く。それに誘われたか真っ黒な小さい体に不釣り合いに大きな二本角の頭を載せた小鬼二十体ほどを前面に、邪悪な黒い犬の妖精アンシーリーコート三体を従えた片目が潰れ蒼白な顔を黒いフードで覆った老婆が現れた。そして一行の後ろからは使い魔インプを十体ほど従えたこれも老婆の姿をした魔女ハッグ。
「婆さんばかりよくも現れるもんだ。若いのはいないもんかねぇ。
犬以外は私は要らないよ。」
ランダが笑う。
「アレン、どこにいる。」
ワーロックの声が木々に谺する。その向こうの高い木の上でアレンがのんびりと寝そべっている。
「アレン。」
再びワーロックの大声。
「アレン・・ヴァン・アレンねぇ・・あれが。」
その横でランダが笑い、ワーロックが怪訝そうな眼でその顔を見た。
「ほらほら、闘わないでいいのかい。後ろから来るよ。」
言いながらランダは長い腕を伸ばし、一匹のインプの首を捻切った。
「レーネ、水の障壁を張れ。奴らの特性は電撃。水がそれを飲み込む。」
水の障壁を破りワーロックが放つ火の玉が次々とインプを倒していく。
一行の前ではザクロス達がボギーを倒し、アンシリーコートに迫っていく。
フードの老婆ブラック・アニスが逃げ足を見せる。
「逃がしゃあしないよ。」
ランダがそれに飛びかかりあっさりと片ずけ。唸り声を上げる三匹のアンシーリーコートの頭に手を置いた。
「館の番犬には丁度いい。」
闘いが終わりワーロックが木の上のアレンを呼ぶ。が、アレンはそこから動こうとしない。
「困った奴だよ。」
ランダの手から白い糸が放射状に伸び、アレンの体を包み込み、引き摺る。
「ランダ。」
ワーロックが大声を出す。
「喰いはしないよ、あんな奴。」
その声にランダが笑う。
「騙されたかい、この程度の奴に。」
「騙された・・・」
「私の子、ヴァン・アレン・・じゃあないよ。臭いが違う。」
「じゃあアレンは何処に。」
「さあね・・あんたの方が知っているんじゃないかい。」
ランダはワーロックの胸を指先で叩いた。
(地図・・・あそこか・・)
「戻ろう。」
「どこへ。」
「アレンが地図を拾った所へ。」
「頂上はもう目の前だぞ。俺の目的はそこにあるはずだ。それを前にして・・」
「アレンを探す。これは譲れない。」
「止めなさいよ二人とも。」
言い争いになりそうなワーロックとザクロスの間にクローネが割って入る。
「これだけ倒せば魔物もそうそうはいないはずよ。
ここはアレンを探すことを優先しましょう。」
「そうかお前がそう言うなら・・・」
ザクロスは渋々納得した。
ワーロックは洞窟の地図を確認するように懐に手を入れた。
「ん・・・」
地図に僅かなへこみがある。その形は五芒星。
「ザクロス。もう一度地図を貸してくれ。」
ワーロックは奪うように地図を手にし、その上を繊細な手つきでなぞる。
「洞窟の入り口が解ったぞ。」
ワーロックが嬉々とした声を上げる。
「そこに何があると言うんだ。」
「お前が探しているもの。そして・・・」
「見せてごらん。」
その地図をランダが横から奪った。
「魔力を秘めた武器。それに智恵の木かい。その実はヴァン・アレンにはうってつけだねぇ。」