第三章 乱 デビルズ・ピーク(5)
× × × ×
「暗くなってきたな、火を熾すぞ。」
「魔物の目印にならないか。」
「暗くてはその肝心の魔物も見えぬ。」
「それもそうだな。」
「ちっ。」
デフィンとテッドの会話の間にセクが呻きに似た声を漏らす。
「怪我をしたか。」
ザクロスがそれに声を掛ける。
「ああ、レッド・キャップって奴にやられたらしい。」
「しっ。」
それに割り込むようにクローネが唇に指を当てた。
「何かいる。」
暗がりを見通すようにクローネが木の上を指さす。その指の先には、よくは確認できないが突っ立った大きな耳を持った猫の顔をし、その頭に曲がりくねった細い二本の角を持った中型犬ほどの大きさの魔物が木の枝から木の枝へと飛び移っている。
「多いな。」
そう漏らすセクの顔は夕闇のせいかさっきより青白く見える。
「火は熾きたか。」
「熾きました・」
ザクロスの声にデフィンが震える声で応える。
「火を背にして、相手をよく見ろ。なるべく自分の影に入られるなよ。」
ザクロスが闘いの指示を与える。
ザッと枝を蹴る音を響かせて一匹の魔物が
ザクロスに飛びかかる。その胸をザクロスの槍が過たず貫き、遠くへ放り飛ばす。それを皮切りに次々と枝を蹴り魔物が襲いり、爪と角と耳まで避けた口からのぞく牙にかけようとしてくる。ザクロスの槍がそれらを突き刺し、クローネは二本の剣を踊らせあたかも舞うように魔物を倒していく。デフィンは相変わらず物陰に隠れて辺りを見回し、ここでの策を考えているようだ。テッドはと見ると斧を器用に扱い善戦している。レーネは革袋に汲んでいた水を使い魔物を倒している。その中で一人セクだけがふらふらとおぼつかぬ足取りでかろうじて魔物の攻撃をかわしていた。
「大丈夫かセク。」
ザクロスの声に肯くセクの顔色は、青黒く変色し、目の縁だけが紅く染まっている。
「デフィン、何かないか。セクを助けろ。」
怒鳴るザクロスの声に、デフィンは燃えさかる薪を一本手に取り、セクに肩を貸した。
「大きな木の洞があります。そこに連れて行きます。」
とこれもまた大きな声で答えた。
「援護してください。」
デフィンが大声を続け、火のついた薪を洞の方に運び、その後ろを囲むようにザクロス達が後に続く。
「レーネ、セクを見てやってくれ。」
ザクロスの声にレーネがセクに駆け寄りナイフで服の肩口を切り裂くと、紫色に変色した傷口から拡がる血管が黒く変色し、ドクドクと脈打っている。
レーネが口の中で呪を念じると、革袋の中の水が細い糸のようにセクの傷口から体内に侵入した。
レーネの魔力を持った水に浄化されたのか傷口の方から徐々に血管の黒い色がとれていく・・
セクの体がビクッと大きく動いた。
レーネが飛び退く。セクの傷口が別の生き物のように動き血管がまた黒く変色していく。
「時間が必要よ。闘いの最中じゃあ・・手に負えない。魔物を倒すのが先。」
レーネが闘いの中に戻る。その後ろでセクの全身がビクビクと痙攣を始めていた。それを庇うかのようにデフィンがその体に寄り添う。
その頭の上から一匹の魔物が木に爪を立てながら逆さに近づいてくる。それにデフィンは気づいていない。
ドスッと音を立て頭の上に槍が突き刺さり、デフィンは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ザクロス様何を・・・・」
デフィンが泣き出さんばかりの声を絞り出す。
「槍を抜いて俺の所に投げろ。」
ザクロスに言われて頭の上を見る。と、そこには、槍に貫かれ木に縫い付けられた魔物がビクビクと動き、牙を剥きだし、デフィンに爪を伸ばそうと宙を掴んでいる。
「まだ生きています。」
デフィンは恐怖のあまり涙を流した。
「槍はまだあったろう。それを投げろ。早く。」
盾で魔物の攻撃をかわしながらザクロスがデフィンを叱咤し、その声に追われるようにデフィンがロバの背にあった槍をザクロスに向け投げた。
たまたまなのかそれが魔物を刺し貫く。
「お前、槍を使えるのか。」
ザクロスが微かに笑う。
「投げるだけなら。」
それに震える声でデフィンが応える。
「ならば投げろ。お前が投げた槍は俺がお前に戻してやる。」
ザクロスの言葉にデフィンはガクガクと肯いた。
クローネはレーネの近くに闘いの場を移していた。
「セクの様子は。」
「難しいです。あれはレッド・キャップにつけられた傷ではないかも知れません・・毒が回っています。」
水槍と二本の剣で魔物を倒しながらそう会話を交わす。その合間、クローネがちらっとデフィンの方にに目をやる。と、デフィンの後ろでセクの体が激しく痙攣している。
それから目を離し、また魔物を屠る。
そしてまたセクに目をやる、今度はセクの体は動かず、静かに眠っているようだ。
デフィンはその場から少し離れて槍を投げ、ザクロスが魔物を倒す合間にその槍を投げ返している。
今度は二匹魔物を斬り倒す。そして、またセクに・・・セクがいない。辺りを見回す。その隙を突いて魔物が襲いかかる。
「危ない。」
声と共にレーネの水槍が魔物を貫く。
「セクがいない。」
えっ・・とクローネの声にレーネが大きな木の方を見る・・確かに・・・
「行きましょう。デフィンの所へ。」
驚いたようなその顔にクローネが声を掛ける。
振り向いた二人の背中から魔物が襲いかかる。それをデフィンが投げた槍が貫く。ボロボロと崩れ去った魔物の体から槍がドスンと地面に転がる。
「槍を取ってください。」
心持ち自慢げなデフィンの後ろにセクの影が・・・
「逃げてーッ」
声と共にクローネがデフィンに向け駆け出す。あっけにとられるデフィンの後ろから真っ白な目に黒い点だけを置いたセクが襲いかかろうとしている。
ザクッとセクの胴が二つに切れ上半身が地に落ちる。下半身は倒れることなくフラフラと歩き、上半身は腕の力だけで悲鳴を上げるデフィンの足下ににじり寄る。
恐怖からガタガタと震えながらデフィンがめちゃくちゃにその頭を突き刺した。そこへザクロスも寄ってくる。
「水がありません。水場へ・・」
レーネが訴える。
「退るぞ。」
燃えさかる薪を手に取りザクロスが皆を促す。
一人一本、薪を持って後ろへ後ろへと下がる。
「水の中に入って。」
水場に着くとレーネが声を掛ける。
「結界を張ります。」
レーネの呪文で四人の周りを水が取り囲み魔物はその外側を徘徊するだけになった。
「このまま朝を待ちましょう。そうすれば戦いやすくなりましょう。」
四人はレーネの言葉に同意した。




