第三章 乱 旧友(7)
満々と水を湛えた大きな器越しに床に寝せられた怪我人を見つめ、若い女と中年の女が床に座り込む。
「何を・・・」
言いかけたクローネに若い女が自分の唇に指を当て静寂を求めた。
「力を貸して。」
若い女が中年の女の手を取り、それに中年の女が頷く。
器の中の水が緩やかに揺れ、そして妖しくざわめく。だが、その水は器から溢れることはない。
その水が二条の緒となり中空へ向かう。
ガタッと音を立てそれを見つめていたクローネが立ち上がる。
それを中年の女が目で制する。それだけでクローネの体は見えない縄に縛られたように動かなくなり、口もきけなる。
(謀られた・・・)
唇を噛み、クローネの表情が歪む。
中空に迸り出た水の緒が怪我人二人に向かう。二人の口が開き渦巻く水が弧を描き、その中へ忍び込む。
苦しいのか二人の体がビクビクと動く。
「どんな風じゃな。」
中年の女が若い女に尋ねる。
「胸の傷は浅いようです・・でももう一人の脚の傷は・・・」
「治せぬか・・」
「いいえ、治りはしますが・・元通りとは・・・それに時間もかかります。
暫くここで静養をしないと。」
若い女の言葉のそばから男のはだけられた胸の傷が閉じていく。
「この人は明日の朝には動けます。」
そこまで言うと、若い女はガクッと床に手を突き、それを介抱するように中年の女がその女をベッドまで連れて行った。
「あなたたちは・・いったい・・・」
魔術の縛めを解かれたクローネが中年の女に尋ねた。
「私はハベト、術を使った娘はレーネ・・水を使う魔道師だよ。」
「二人でずっとここで生活を。」
「いいや、あの娘は身重の体で他の男達と共にここに来、そして子を産んだ。」
「男の人たちは。」
「出て行ったよ。」
不思議そうな顔をするクローネにハベトは続ける。
「あの子も男達も何かから逃げていた。そして、男達は何かを探していた。
乳飲み子に旅はさせられないと二人をここにおいてな。」
まだ何かを訪ねようとするクローネをハベトが手で制する。
「精を使った。子を産んでまだ体調の優れぬあの子の負担を軽くするためにね。
今日はもう休ませておくれ。」
そう言ってハベトは奥へと消えた。
そして・・・
クローネの耳の奥に誰かの声が響き、その声に導かれ、クローネは小屋の外に出た。
あたりには誰も居ない。それを確かめる。
と、体が小刻みに震えだす。
その震えが徐々に大きくなっていく。
地面に突っ伏した身体が反り返り、痙攣する。
激しい痙攣が治まり、立ち上がった姿は別の女だった。
その女がハベト達が寝ている小屋に音も立てずに入って行く。
そして奥のベッドに寝るレーネの上に覆い被さり、彼女の額に静かに手を当て、何かの呪文を唱えた。
暫くしてその女は外へ出て行き、再び戻ったときにはその姿はクローネのものだった。
× × × ×
「ダナエ、クローネという女から、いっそのことその女レーネに乗り替えてはどうなのだ。」
彼女を手助けしていたラグラが声をかける。
「駄目です。彼女は相当魔力が強い。憑依を行えば彼女の知るところとなるでしょう。それでは事をし損じます。ここは知られぬよう心縛 をかけておきました。
それより貴方は後の準備をお願いします。」
「二人か・・・二人はちときついな。」
ラグラは首を振りながら何かを念じだした。




