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第一章 幼子 家族(3)

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 二人を誘った男の名はガルス。

 クルスは農奴として来る日も来る日も彼の農場で働き、ファナは下女としてガルスの屋敷周辺で働いた。

 ある日のこと、ガルスは何時もファナの横に付き従う幼児(おさなご)に目をやった。

 「歳は幾つになる。」

 「六歳です。」

 「その子は口がきけないのか。」

 ガウスの声にファナが悲しそうに頷く。

 「山梔子(くちなし)か・・山梔子(サイゼリア)・・サイゼル・・その子の名だ。」

 「この子にはちゃんとした名が・・・」

 「いいや、今日からその子の名はサイゼル。

 憶えさせろ。他の名で呼んではならん。

 それに屋敷に連れて来ることもならん。子供は子供同士・・遊ばせておけ。

 儂が他の者達に紹介してやる。」

 ガルスは強引にその子をファナから引き離し、サイゼルとして彼の農場で働く他の家族に紹介し、その日からその男の子はサイゼルとして子供達の輪の中に入った。

口のきけぬサイゼルは時に苛められる。だが彼はそれを何とも感じないのか、苛められようと蔑まれようと、何時もにこにこと笑ってばかりいた。

 「悔しいとか、悲しいとか言う感情はないのか・・この子には・・・」

 「あなたまでそんなことを言わないで・・・」

 吐き捨てるようなクルスの言葉にファナが感情を返す。

そしてサイゼルを向き直り、

 「あなたの名前・・サイゼルは山梔子(サイゼリア)から来たの。あなたが口がきけないからってガウス様が・・・でも、山梔子(くちなし)の花言葉は“私は幸せです”って言うの・・・

 いつかあなたも・・・」

 ファナはそっと涙を零した。

 

 ガルスの農場で働き始めて三月と経たぬうちに、ファナは主人の屋敷に上げられた。

 途端に着るものが変わり、化粧までが許された。農場の、まわりの女達がそれを嫉妬の目で見る。

 水汲みに井戸端に集まる女達の口から、取り入っただの、女を売っただの、亭主はそれで平気なのかだのと、クルスに対する悪口までが飛び出していた。

男達と言えば野卑た眼でファナを見、おこぼれに(あずかり)りたいものだよ。などと噂し合った。

 クルスはそれらの噂を否定し、自分はファナとサイゼルの庇護者であり夫でも父でもないと言い続けた。

 事実、クルスとファナの間には男女の関係はなく、主人に仕えるかのようにクルスはファナとサイゼルを守っていた。

 また、ガルスがどう誘おうとファナは貞操を守り続けていた。

 だが、二人の努力の甲斐もなくサイゼルに対する苛めや嫌がらせも益々ひどくなった。が、サイゼルは相変わらず平然としていた。

 

「ファナ、サイゼルは元気にしているか。」

 屋敷内で働くファナにガルスが声を掛けた。

 振り向くファナの前に数冊の本が置かれた。

 「サイゼルは字は読めるのか。」

 ファナが頷く。

 「この本をサイゼルに与えてもよい。

 が、それには・・・」

 ガルスはニヤリと笑った。

 「暫く時間を・・・」

 ファナは淫猥に崩れたガルスの頬にそう答えた。

 数日が経ち、ガルスはファナを一つの部屋に呼び込んだ。

 その部屋には大量の書物が置き並べられていた。

 「そこに座れ。」

 ガルスが指さす椅子にファナは腰掛けた。

 「お前のために買い集めた。」

 ガルスもまた、一冊の書物を手にファナの横に座を占めた。

 ガルスはパラパラと書物をめくり、

 「お前達夫婦はサイゼルに学問をさせるために国を出たと言っておったな。

 サイゼルにこの部屋を自由に使わせてもよい。」

言いながらガルスはファナの太股(ふともも)に手を置き、俯いたファナの脚を衣服の上からいやらしく撫でた。

 「この屋敷の離れに住め。クルスとは別れてな。

 悪いようにはせん。」

 と、スカートの中まで手を入れてきた。

 「止めて下さい。」

 (うごめ)くガルスの手を止めようとするファナの抵抗は弱々しかった。

 ガルスがファナの顔に唇を寄せる。

 その時、部屋の扉がけたたましく開けられた。

 そこに立っていたのは・・・

 サイゼル。

彼はつかつかと二人に歩み寄ると、呆気にとられるガルスを後にファナの手を引いてその部屋を出ていった。

「フン・・・・

 憶えていろよ。儂は諦めん。」

 部屋を出る二人の後ろからガルスの悪態が聞こえていた。

ガルスはその後も機会があればファナの躰を狙っていた。

農場で働く者達はそれをまた噂にし、ファナの立場は益々悪くなる一方だった。


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