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第三章 乱 戦士ザクロス(2)

 翌朝、闘技場の地下、暗く薄汚い通路に集まった人混みの中を、鎖で腕を繋がれたガイとバルクが駆けずり回り、そしてザクロスに耳打ちする。

 「四組集まった。」

 良しというようにザクロスが頷いた。

 通路の向こうに死が待っている。通路と闘技場の広場を結ぶ扉が開けば明るい日差しとは裏腹の無残な運命が・・・

 ある者は恐怖の余り糞尿を漏らし、ある者は痴呆のごとく口を開けガタガタと震えている。

 そして決められた時刻、銅鑼が鳴る。

通路いっぱいに拡がった槍のついた戸板に押され、(いけにえ)が闘技場の広場に繋がる扉に殺到し、それを待っていたように扉が八のに開く。

 人に押され倒れ込んだり、隅の板塀の前にうずくまったり、相棒の力に引かれ身構えたり二人一組の剣奴がその場を彷徨う。その中から六組、一気に走り一番人の少ない板壁の一角に集まり楯を並べ陣を造る。観客席からそれを見ていたケルノイが彼を取り巻く中の上級剣奴に顎をしゃくった。

 「スローズは。」

 「解らん。」

 六つの楯に守られた陣の中で交わされる言葉を押し潰しファンファーレが鳴り、観客が歓声を上げる。

 美麗に飾り付けられた馬に跨がった騎士が逃げ惑う者達の廻りに馬を走らせ、槍で突く。

 それに争う者は槍を楯で躱し、剣を振るが三人の騎士は逃げ惑う牛でも扱うように、その者達を上手い具合に闘技場の中央に集めた。

 「上手いものだ、まるで牛追いだな。」

 「これから狩りが始まる。」

 陣の中でザクロスの声に誰かが応え、それを合図のように駆け回る騎馬戦士の手から、矢が集められた人々の上に注がれた。

 中から一人、大楯と剣を手にした大男がザクロス達の陣を目掛けて走ってくる。

 「走れ。スローズ。」

 ローグがその巨漢に声を飛ばす。その姿を追って騎馬戦士が一人・・そこへ新たなファンファーレ。

 騎馬戦士が馬を止める。それに救われた様にスローズが楯の陣に滑り込んだ。その身には三筋の矢が刺さっていた。

 「大丈夫か」

 ガイが尋ねる。それには応えず、

「あの野郎・・ここに出てすぐに楯を投げ捨てて(うずくま)り、喇叭が鳴ると命乞いを始めやがった。押しても引いても動きやしない。」

 スローズは身に立った矢を呻き声と共に抜きながら話し続ける。その矢尻には引きちぎられた肉が僅かについている。

 「仕方がねえから奴の腕を叩き斬って楯を持って逃げてきたよ。」

 と左手首の鎖に繋がった相棒の腕をブランと揺らした。

 「邪魔だろう。」

 「いや・・」

 「待て、様子が変だ。」

 ローグの言葉に仲間の会話が止まる。

 「何時もより早い・・戦士が出てくる。」

 「前に出よう。」

 そこへザクロスの声が飛ぶ。

 「あいつは・・」

「バラッツ・・奴までが出てくるか。」

 「バラッツ・・」

 「上級闘士だ。

 普通こんな戦いには出てこない。」

 「構えろ騎馬が来るぞ。」

 ガイが声を掛け、騎馬隊が彼等の丸い陣を廻り、矢を射掛ける。が、それは虚しく彼等が構える板の楯に突き刺さるだけだった。

 騎馬騎士がザクロス達の円陣に近づき槍を伸ばす。しかし、それも楯が跳ね返す。

業を煮やしたか騎馬の三人は円陣から距離を取り、そして一気にかけ出した。

 「よし、いい機会(チヤンス)だ。」

 ザクロスの声と共に三組の男達が馬の足下に飛び出し、自分たちの手首についた鎖をピンと張った。

 それに馬の脚が掛かる。

 六人の男が馬に引きずられると同時にドウと馬が頭から地面に突っ込み、騎士が馬の背から放り出された。

 それに残った三組と一人の男達が円陣を崩し襲いかかる。そして立ち上がった三組もまた・・・

 殺すはずの騎士が、殺され役の剣奴に倒されていく光景に観客達は異様な興奮を見せ、大歓声を上げた。

 それは虐げられ、蔑視された下層の民がその鬱憤(うつぷん)をぶつけた声だったのかも知れない。

 しかし、その戦いの向こうでは、一人の闘士の斧を何人かの剣奴の血が染めた。

 「彼奴は。」

 ザクロスが指差す。

 「一対一の戦いで連勝を続ける闘士、バラッツ。・・・強いぞ。」

 「他の戦士は。」

 「()れないことは無い。」

 「まず、あの槍を持った者を潰そう。それと鎖鎌の奴。」

 ザクロスの声に呼応してそれぞれに二組ずつの剣奴が躍りかかっていった。

 「剣の奴、一人はまかせろ。」

 スローズは鎖に繋がった相棒の腕を振り回し、戦士の剣に鎖を絡ませ、力ずくで引きずり倒した。

 砂の上に倒れた戦士の背にスローズの剣が突き刺さり血飛沫(ちしぶき)を上げる。

 そして、槍と鎖鎌を手にした二組の剣奴と共にスローズがバラッツににじり寄る。

 その時、唐突に戦いの終わりを告げる銅鑼が鳴った。


 その後もザクロスは勝ち続けた。隊としても、そして個人戦も。

 彼の勝ち数が十五回を超えた時、彼は主であるケルノイに呼ばれた。

 「ザクロスよ、勝ち続けているお前に褒美をやろう。」

 ケルノイはザクロスの前に真っ白な鎧を置いた。

 「この鎧を身に着けて闘え。そしてこの鎧が相手の血で真っ赤に染まった時、お前を自由の身にしてやる。

 その最初の相手は・・バラッツだ。」


 闘技場にファンファーレが鳴る。この日の最終戦に登場する二人が紹介される。まずはバラッツ。そして全身を白い鎧で覆われたザクロス。

 バラッツがいきり立つようにブンブンと鉄球のついた鎖を振り回す。それに対しザクロスは楯を身体の前に置き半身の右手に短い槍を構えた。

 その身体を狙って鉄球がうなりを発てて飛んでくる。それを楯で受けた彼の身体が大きく傾ぐ。

 しかし無様に闘技場の砂に叩きつけられることも無くすくっと立ち上がる。

 そこにもう一度。しかしザクロスは飛び来る鉄球を楯の表面でいなし、バラッツに向け突進した。

 突き出した槍が戦斧で弾かれる。だがその乱れた体勢を左手の楯で殴りつける。

 尻餅をついたバラッツに槍を伸ばす。それは素早く地面を転がって躱され、ザクロスから離れた場所で立ち上がったバラッツの手にはもう鎖は無かった。が、それでもバラッツはザクロスを値踏みするようにニヤリと笑った。

 その顔にザクロスが顎をしゃくり、鎖を見る。

 フンと鼻で笑ってバラッツが鎖を手にし、またもそれを振り回す。

 今度は鉄球を受け流しきれずザクロスががくっと膝をつく。そこへ鎖のもう一方が踏ん張る左足に絡みつきその足を掬う。仰向けに倒れたザクロスの身体をバラッツの斧が襲う。それを左に転がってすんでのところで躱し、槍の柄をバラッツの顔に叩きつける。その勢いにバラッツの頬骨の辺りの皮膚が裂け血が飛び散る。それが白い鎧に受けた最初の血の色だった。

 もう一度反転する勢いで楯をバラッツの鼻頭に叩きつけ、その鼻を(ひしや)げさせ、バラッツの鼻から吹き出た血をまたも鎧に受ける。

 転がったバラッツをよそに、足に絡まった鎖を解き、見下ろしたバラッツに立つように促す。

 また二人が正対する。

 三度目の鉄球。それを盾で受け流しザクロスがバラッツに突進する。槍の穂先に備えたバラッツの裏をかき槍柄でバラッツの腹を殴りつけ、ブンと頭上で回した槍の穂先でバラッツの左肩を刺し貫き、雄叫びを上げる。

 膝をついたバラッツを一度二度と楯で殴りつけ、倒れたバラッツの右腕を踏みつけ、バルコニーで戦いを見詰めるケルノイに目をやる。

 満足そうに微笑んだケルノイは天に向け立てた親指で地を指した。


 それからもザクロスは勝ち続け、彼の鎧は背中の極一部を除き紅に染まった。


×  ×  ×  ×


「やがて白い防具全てを真っ赤に染め自由を手にしたザクロスは、何故か我等の村を訪れた。

 後はお前さん達が知るとおりじゃ。

 血に(まみ)れることで芽生えたあいつの正義の血が、北の争乱に騒いだのだろうて。」


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