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第一章 幼子 家族(2)

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六年前、男に嫁ぐこともなく懐妊した姉。小さな村の中でそれはすぐに噂を呼び、姉は売女と罵られ蔑まれた。

 親にも見放され、姉は唯独り川岸の小屋に籠もった。

その姉に食べ物を届け、衣服を届け、世話をしたのがこの若い女、ファナだった。


ファナはモングレトロスに生まれた。父は炭を焼き生計を立てていた。しかし、わずかな炭を売るだけの生活ではうだつはあがらず、父は意を決し家族を連れ村を出た。

 目指したのはロマーヌ王国の商都タキオス。その地はローヌ川の南北に拡がり、川の南岸ではルミアスからの鉄を原料とした様々な製品を作り、レジュアス産の馬とローヌ川の北側の広大な農地で採れた農作物の交易により、巨万の富を築いていた。

ファナの父はその地に一攫千金の夢を見、これと言った当てもなく、タキオスに移り住んだのかも知れない。

しかし、そんなに甘い話が転がっているわけもなく、タキオスの北、名もない村で農夫としてその日その日を送っていた。

 そして、自分の夢と現実とのあまりの落差に父の生活は徐々に(すさ)んでいった。そんな中でも母は僅かずつの蓄えを作り、子供の将来へと思いをはせていた。


今日も父母の(いさか)いの声が聞こえる。

 そんな時ファナと姉は何時も狭い部屋の片隅で泣いていた。

 そんなある日ファナの姉マルシェは朝日に誘われるように家を出た。

 輝くような朝、マルシェは川岸に立っていた。

 「痛い。」

 突然の痛みにマルシェは下腹を押さえた。

 その日から十六才のマルシェの腹は日に日に膨らんでいった。

 事情を説明しても誰も信じない。

人々はマルシェを(あざけ)り、罵り、辱めた。

 それに耐えきれず若いマルシェの精神が徐々に押し潰されていった。

 母は泣き暮らし、父の生活は益々(すさ)み、姉に暴力を振るおうとした。

 三つ違いの妹ファナはそんな姉を川縁の荒れ果てた小屋に匿った。

 既に精神に異常をきたしていたマルシェは、その小屋に集まる汚らしい男達に躰を投げ出し、その日の糧を得るためだけに男達の快楽に奉仕していた。

 それでも胎内の子はすくすくと育った。

 

 時折マルシェは正気に戻った。

 そんな時は、ファナと長々と話をした。

今日も・・・

 しかし・・・

 「この子はね・・お腹の中のこの児はね・・普通の子じゃないの。」

話しがお腹の児に及ぶと・・今日もまた・・・

 「あの日私は私の躰に光を受け入れたの。

 そしてこの子を身ごもった。

 この子はきっと光に愛でられた子・・・」

 マルシェは自分の下腹を擦りながら話し続ける。

 (やはり姉は・・・)

 ファナは思う。

姉のとりとめもない話を聞き、時間を過ごす内に入口代わりの(むしろ)が開けられた。

 「おい、淫売。今日もいい物を持ってきたぞ。」

 一人の男がマルシェの前にキラキラと光る何かの破片を投げやった。

 「光・・・」

 マルシェの眼が輝く。その眼はもう正気の眼ではなかった。


 そんな日々が過ぎ、マルシェは臨月を迎えた。

 ある日、ファナは輝く朝日の中、マルシェの見窄らしい小屋を訪れた。

 小屋の中から、マルシェの呻き声が聞こえる。

 ファナは小屋に向け走り、そして筵戸(むしろど)を開けた。

 マルシェは露わになった股を拡げ、いきみ、唸り続けている。

 その股間から、朝日と見間違うほどの光が・・・

 「この子を・・この子を・・お願い・・・」

 産み落とした赤ん坊を胸に抱き、荒い息の合間からマルシェはファナに懇願の眼を向けた。

その瞬間・・

 (姉が話していたことは・・・

 この子は、私が守らねば・・・)

 ファナの胸に何とも言えない使命感のようなものが芽生えた。

 その目の下、鳴き声一つあげない赤ん坊がマルシェの胸をまさぐり、乳首に吸い付き、チュウチュウと音を立て乳を吸っていた。


 赤ん坊の乳が離れる頃、衰弱しきったマルシェは天に召された。

 その頃、マルシェを慕っていたという男、クルスが見窄らしい小屋を頻繁に訪ねてきていた。

 「姉さんが死にました・・・この後この子を抱えどうしたら良いのか・・・」

 途方に暮れるファナにクルスが声を掛ける。

 「ヴィンツに行かないか。

 あなたはマルシェにこの子の運命を委ねられた。ならば・・ヴィンツに行き、学問を修めさせるのも一つの手かと思うが。」

 「でもこの子は声が・・・」

 「それでも学問は出来ましょう。

 ここに居て売女の息子と蔑まれるより、その方がこの子にとってずっとよいと思う・・・

 俺も一緒に行くから・・・」

 クルスの説得にファナは意を決した。


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