第二章 兆し 逃走(4)
隠しておいた馬にアレンを抱いたレーネを後ろから庇うように跨がり、サイゼルが馬の歩速を速くさせる。
夕暮れにはその眼の先、小さな灯りが見えた。
(あそこで頼んでみよう。)
とでも言うようにサイゼルがそれを指さした。
レーネが馬を降り、その粗末な小屋に入っていった。
「良かった。泊めて呉れるそう。」
レーネは安心した顔つきで家を出てきた。
その家の中では炉端に一人の男が座っていた。
三十歳前後のその男は、ようこそ。とでも言いたげにニコニコと笑い、二人に人数分の食事を勧めた。
「私達が来るのが・・・」
レーネの言葉の途中でその男が肯いた。
サイゼルとレーネの顔にサッと警戒の色が走る。
「心配ないですよ、警戒せずとも。
私も修行中の魔道士の端くれ、神のお告げというかこれ位のことは解っていましたよ。」
男は二人の警戒を解くようににこやかに笑った。
レーネが自分とサイゼルの名を告げると、その男は、
「私の名はワーロック。先程も申しましたが魔道士の端くれ。まだまだ修行中ですが。」
男が自己紹介する横から腹を空かしたかアレンが呱々と泣き出した。
「その子は・・・」
アレンを胸にかき抱き自分の乳首を含ませたレーネが自分たちの素性を語り始めた。
同じ頃、ピクッとランダが何かに反応する。
「ぬかったなサイゼル。」
ランダが美しい顔を歪めて笑った。
「ガルフィ、人数をお集め。獲物の捕獲に行くよ。」
馬車が仕立てられ、そのまわりを何人もの男達が取り囲んだ。
「東へ。」
馬車の中からランダの号令がとんだ。
話しがランダに及んだ所で、
「いかん。あなた達の居所がその女に知れた。
結界を張り、ここに居るように見せかける。
直ぐに出よう。私も一緒に行く。」
突然、ワーロックと名乗った男が慌てだした。
「ヴィンツに・・ヴィンツの方に行こう。
その前に、サイゼル、この子とランダを繋ぐ緒が切れるか。」
サイゼルが肯く。
「急げ。私は結界を張る。」
サイゼルの胸から迸り出た光がアレンを包み、黒い何かがアレンの身体からはじき出された。
「幻魔・・小さいがな。
生かしておけ。そいつをここに残しランダを惑わせる。
サイゼル、裏に小さな荷車がある。それにお前の馬を繋げ。
すぐに出るぞ。」
慌ただしく野末の小さな家を出、東へと向かった。
「ランダというのは・・・サイゼルは彼女が人を喰うと言うし・・・」
レーネが馬車を御すワーロックに問いかける。
「人買いランダ。私も以前から気になっていた。
ランダという名は古い文献に出ている。
それによると、鬼・・鬼女と呼ばれる魔物の一種です。いや一種というより、その親玉と思った方が良いでしょう。
その鬼女というのは人を喰います。特に子供を。
人買いを生業とすれば子供は容易に集められる。
以前その名を知り、まさかとは思いましたが・・やはり・・・」
「それではこの子は魔物の子。」
「あなたの話では、魔物と人の間に出来た子。魔物が高位の雌性体の場合、望まない限り普通では考えられませんが・・サイゼルの力がそれを可能にしたのでしょう。」
サイゼルが馬車の床に白墨で文字を書き始める。
(自分たちが逃げるためとはいえ、可哀相なことをしました。だから・・・)
「でも、さっき幻魔とやらが出ていったから、もう大丈夫なんでしょう。」
「いいえ、この子の身体には魔物の血が半分流れています。成長は早く、ある程度から先は年は取らず若さを保ちます。そしてほぼ永遠と言っていいほどの命も持ちます。
ですが・・生ける者の命をその意志で奪った瞬間、元々ある魔物の血が騒ぎ出します。つまり半妖として魔物の一匹に落ちていきます。
そう言う者達をダンピールと呼び、人として一生を全うした者は皆無に近い。
人として生きるには、魔物を倒し、命ある者を助け続けるしか無い。この子にそれが出来るかどうか・・・心して育てて下さい。」
「取り囲め。」
ランダの命が飛び、男達が一斉に小屋の廻りに散る。
「ガルフィ、お行き。」
ランダの声に圧されガルフィが小屋に近づく。が、地面に引かれた線を越すことが出来ない。
「お前達・・行きな。」
ガルフィが小屋を取り囲んだ男達に声を掛けるとそれを待っていたように荒くれ者達が一斉に小屋の中に雪崩れ込んだ。
小屋の中から悲鳴と呻き声が聞こえてくる。
その騒ぎを聞きつけ、ランダがガルフィを呼びつける。
「私はお前に行けと命じたはずだが。」
ランダの鋭い視線がガルフィを捉える。
「結界が・・・」
「それならばそうとなぜ言わぬ。貴重な男達が殺された。
結界は消してやる。中にいるアレンを含めた三人を引きずり出すのよ。」
ランダの念で魔物を寄せ付けない結界が消えた小屋の中に、ガルフィが飛び込んだ。
暫く騒々しい音が響き、その後にガルフィの凄まじい悲鳴が聞こえた。
「ここで待っておいで。」
残った男達に声を掛け、ランダが一人で小屋に入っていった。
ドタバタと騒動が続いた後、ランダは一匹の魔物を小屋から引きずり出してきた。
「吸血幻魔クドラク。
こいつがアレンに憑いてたはず・・だが・・大方これもサイゼルの仕業。完全に糸が切れた。
サイゼル・・惜しい獲物だよ。何が何でも探し出せ。
それにしてもこの結界。これからはサイゼルの気を感じなかった。
レーネにはこれほどの結界を張る力は無いはず・・とすれば・・・他に白魔術を使う魔道士がついているぞ。そいつの情報を集めよ。
私はクドラクを連れて森の屋敷に帰る。頻繁に連絡を取るんだよ、ガルフィ。」
ランダは傷だらけのガルフィに声を掛けた




