第二章 兆し 逃走(3)
× × × ×
「強くなったな。」
木剣を弾き飛ばされたエミリオスがサイゼルを見ていた。
「こっちだ。」
息をつくサイゼルの横合いから木製の槍が伸びてくる。
それを傍らの竹竿で軽く受け、数合の遣り取りの後、その槍と叩き落とした。
(弓の稽古に行きます。)
地面の字をエミリオスと、ここ半年の内に雇われた槍使いに残し、サイゼルは弓道場へと向かった。
サイゼル、十五歳。
魔力では師であるレーネを上回り、剣でエミリオスを、槍でもその師を上回り、ランダの手の者でサイゼルに敵う者はいなくなった。
「調子はどう。」
無心に矢を射るサイゼルの後ろからレーネが声を掛けた。
その声にコクンと頷き、放たれた矢は的の中心を射貫いた。
「久しぶりにケントスに行くそうよ、私達も一緒に。」
言いながらレーネは臨月近い下腹を撫でた。
「今まで無いことらしいけど、ランダも・・・男の子と決めつけて喜んでいるわ。」
久しぶりのケントスの街、一年ぶりか。
ケントスの街は宮城ができあがり、街城も日に日に立派になっていた。
その城壁に囲まれた街の一角に、これも大きくなったガルフィの娼館がある。
ランダは臨月が近いにもかかわらず、男を、女を、侍らせ娼館で遊んでいた。
サイゼルとレーネは何時ものように街中に出て、ゆったりと散策をしている。
「ランダの魔力で私は妊娠出来ないはず・・それにそのランダまで・・・」
(僕の力が強くなっている証拠です。
ランダの出産のどさくさに紛れて逃げられます。)
「じゃあ・・・」
(もう少し・・ランダが子を産みます。その子も連れて)
「なぜ・・」
(ランダは自身の子を喰います。それに僕も・・
ランダの子も助けたいんです。)
そこへ慌ただしくランダの部下が駆けてきた。
「子供が生まれる、ランダ様の子供が。
お前達もすぐにガルフィの処へに来い。」
そう告げるとその部下は来た時と同じくらい慌てて娼館への道を帰った。
(急ぎましょう。ランダが出産で力を使っている今が好機です。)
サイゼルもまた娼館への道を急いだ。
娼館の前に人だかりが出来、中からはランダの大きな呻き声が聞こえる。
そこへサイゼルとレーネが駆け込むと、レーネは産屋となった部屋の扉に手を掛ける。それにそっとサイゼルが目配せをした。
それから暫く、大きな赤ん坊の声が響いた。
ランダは大きく息をつき、
「VAN・・先駆けだね。次はお前の子。そしてサイゼルさ。」
とレーネを見た。
「名前は・・・」
レーネが薬湯を与えながら尋ねる。
「アレンってとこかね。」
「アレン」
「そう・・・先駆け(ヴァン)のアレ・・・」
出産の疲れからか、それとも薬湯が効いたのかランダは眠りに落ちた。
「私が預かります。」
そう言うとレーネは生まれたばかりで、産着に包まれた赤ん坊を胸に、その部屋を出ていった。
「ランダは眠っています。」
部屋を出ると直ぐにレーネはサイゼルに耳打ちをした。
サイゼルは微かに頷き、屋敷の外へ向けすたすたと歩き始め、その後を少し遅れて赤子を抱いたレーネが追った。
娼館を出るとそこからは急ぎ足になる。
そして、以前サイゼルが引いた二人だけに見える線。
「本当に大丈夫なの。」
サイゼルが頷き、そして地面に字を書いた。
(名は)
「アレン。
ランダは先駆け(ヴァン)と言っていたわ。
次は私の子、そしてあなたとも・・・」
(後から教えます。)
そう地面に書き、サイゼルは線を踏み越え、レーネの手を引いた。
どれ程眠ったか、ランダはベッドの上で目を覚ました。
「あの子を連れておいで。」
「レーネが連れて出ましたが。
あなた様の言いつけでと言うことでしたが。」
「私の・・・逃げたな。」
ランダは笑いを漏らしながら念を込めた。が、ランダの顔から徐々に薄ら笑いが消えていく。
「切れている・・呪縛の緒が。」
ランダは憎々しげに続ける。
「・・サイゼル・・あいつか。」
ランダが苛立たしげに腕を振ると、側に立っていた部下の頭の上半分が消し飛び、悲鳴も上げずその身体が崩れ落ちた。
「益々喰いたくなった・・・サイゼル。」
ランダに呼ばれた部下達が「探せ。」と言う彼女の命令で次々と部屋を出て行った。




