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空白と言葉

 英男は小学六年生。両親がいる。どこにでも居そうな家庭のうちのひとつ。英男は感情豊かな子どもだ。勉強中にわからない問題があれば全力で悩み答えを見つける。友だちと遊んでいたら、ひとりひとりの表情を読み取ってコミュニケーションする。仲良しの春奈とは学校でも放課後でも一緒にいる。英男は絵に描いたような子ども。みんなと仲良くしている。

 中学入学を目の前の英男の冬。十二月のある日。英男の母親は様子がおかしいように思われる。いつものお母さんじゃない。英男はそう感じる。英男は父親と母親が話しているのを見て怖くなった。母親が話せば話すほどに言葉が壊れていくような感じだったから。そして、英男の母親は離婚して家を出た。

 空白は、ここから始まった。


 英男の小学六年生の冬の一月。英男は表情があまり表に出なくなっている。どこにでも居そうな子どもの表情は消えていた。春奈は、そんな英男のことを心配している。

「何があったの?」

 春奈がそう聞いても、英男はあまり答えなかった。

 英男は笑顔になることはある。けれども、それはすぐに消えてなくなる。英男の表情は硬い感じがする。春奈は、それを見て何かあると気付いたようだ。英男に対して何回も質問をする。何があったの? すると、英男はポツリと言った。

「お母さんが家を出た」

 春奈はそれを知った。

 英男のそばに春奈はいつも一緒にいる。春奈は、こう英男に言った。

「お母さんに、また会えたらいいね」

 英男は、その言葉に対して何も言えなかった。また会えるかどうかはわからない。

 空白の感情の英男。

 英男は春奈と共に中学入学を迎えた。


 中学生になった英男と春奈。英男は変わらずに空白のような感じそのものである。自分から何も話さない、笑顔は減っていった。

 春奈はなるべく英男のそばにいる。英男はそのことをなんとも思わない。英男にとって、お母さんがいないことが悲しいのである。英男は自分のことを心の中で責めるのである。お母さんが家を出たのは自分のせいだと。しかし、それは間違いなのだが、そのことを誰にも言えずに英男はひとり心の中で思うのである。

「あたしが居るからね」

 春奈は英男にそう言い聞かせる。

 空白の感情の英男の心にその言葉は響かない。お母さんのことは自分のせいだと思い込んでいるからだ。

 徐々に、英男は勉強が追いつかなくなる。春奈は英男に勉強を教えるも、テストの度に点数を落としていく英男。

 進学の話になると、英男は高校入試が難しくなっていくようだった。春奈は英男を見捨てないけれども、英男の高校進学は難しくなっていく。

 中学二年、英男と春奈はデートをしている。近くの公園で二人仲良くお喋りをしている。英男は空白の感情に、無理に笑顔を作ったような感じである。それを春奈はわかっていた。でも、春奈は英男を見捨てない。

 高校入試、春奈は全日制の高校へ。

 英男は通信単位制の高校へ。

 中学卒業の時、英男と春奈はお互いの連絡先を交換する。春奈は何かあれば連絡してね、そう英男に告げる。

 二人の進路はここでわかれた。


 英男は通信単位制の高校へ入学。入学式も何も感じない英男。部活動もせずに英男は自分のペースで勉強をする。空白の感情の英男は、春奈のことをふと思うのだ。春奈は元気にしているかな。連絡をしようとしても、英男はそんな気分になれなかった。まだ、英男はお母さんのことを思っているのだ。なんの面白みもない高校生活の英男。ただ、淡々と勉強をする英男。

 そんな英男に母方のおばあちゃんから電話が。今、家にお母さんが来ているからおいで、と。

 英男はお母さんに会える、と同時に、会うのがちょっと怖い気がする英男。お母さんは、この数年をどう過ごしていたのか? それが気になる英男。

 英男はおばあちゃんの家に着いて、お母さんと再会する。英男の母親は普通の様子である。昼食を簡単に用意したお母さん。英男と母親は会話をしている。

 でも、お母さんは、やっぱりどこか言葉が壊れていた。英男はお母さんと会話をしている中で心がチクチク痛む。

 またね。

 あっという間の時間である。英男はお母さんとさよならをする。またね。お母さんのその言葉は英男の心に響く。


 高校二年生の秋、春奈から連絡が。メッセージで会える日はないかと聞かれる英男。英男は春奈と会う約束をして、空白の自分に戻りつつあるのを確認する。お母さんと会えたけれども、また会えるかどうかはわからない。そんな理由。


「久しぶりだね」

 春奈はすっかり大人っぽくなっていた。英男はそんな春奈にドキドキしている。

「どう? お母さんと会えた?」

「うん」

 春奈は英男の手を繋ぐ。デートの時間。

 春奈は英男にこう言う。

「あたし、あの時に、お母さんに、また会えたらいいね、って言ったのは覚えているかな?」

「うん、覚えているよ」

 二人は手を繋いで歩いている。

「あたしが居るからね。それも覚えているかな?」

「うん、ありがとう」

 空白の思春期の英男に、パズルのような春奈の言葉が埋まっていく。

 二人は自然な笑顔になっている。

 英男は春奈には感謝をする。

 二人は手を繋いで歩いている。

 空白の感情をそっと溶かすように、二人はすっかり笑顔になっていた。

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