8.日常の中で起こる異変
「酷い目にあった」
ぐわんぐわん、と響いていた頭は翌日にはマシになっていた。一応謝罪に訪れた女神は「力加減を、間違えました」と目を逸らしていた。段々人間味が増していく気がする女神だけれど、女神の力のおかげで手籠めにされずに済んでいる節もあるので、「気を付けてくださいね」で終わらせた。
卵についてはハロルドは気にしていない。アーロンの人柄を信じている。
安心できる同年代の友人というのもなかなか得難いものだ。晴として生きていた時の友人を懐かしく思いながらそんなことを考えた。この世界で13年ほど生きているからか、もう朧げな記憶だ。記憶は時が経つにつれて薄れていく。そのことを寂しく思う気持ちもあるが、これでいいのだと感じることもある。
気持ちを切り替える様に頭を振って、ベッドから降りた。その気配を察した様にネモフィラが出てきて「おはよう」と肩の上に乗った。
「おはよう、ネモフィラ」
いつも通りに微笑みかけると、ローズとリリィも突撃してきた。いつもの朝が始まった、とハロルドは今度こそ自然な笑みを見せた。
起きればいつも通りに元気になっていた孫に安心した祖父母は反面、世話を焼かせてくれないハロルドにヤキモキもしていた。それとなく「今日は寝ていた方がいいんじゃないの?」と心配して聞いてみても、理由がわかっているハロルドは「なんで?」とケロッとした顔で言う。
「昨日、真っ青な顔をしていたし」
「大丈夫だよ。熱が出ていたわけじゃないし」
でも確かに保護者からすると心配だろうか、と思い直したハロルドは「じゃあ今日は家にいるよ」とユイに告げる。一気に嬉しそうになった祖母を見ていると、「たまには休んでもいいか」と思う。
(とりあえず持ってきてる薬草の世話と、課題で残ってる分をやって……調合は明日に回すか。手荒れクリーム足しときたかったけどまだあるしな)
なんやかんや細々と動き続けている。もう性分と言っていいかもしれない。
それでも、家に居て比較的のんびりしているハロルドに温かい飲み物を出したり、おしゃべりをしたりといった1日を過ごせた。
「どうなってんの、コレ」
冒険者ギルドの裏手の山は立ち入り禁止区域にされていた。魔物の急な増加と凶暴化が認められたからである。
ピンクブロンドの髪の青年は不快そうにそのローズピンクの瞳を細めた。その手には赤黒い短剣が握られている。魔物の角を加工して作られたそれは攻撃魔法を少し強化する。一種の魔道具だ。大抵の魔法をメインに戦う冒険者はワンド・ロッド・スタッフといった杖系の武器を利用するけれど、青年は「僕ってば、近接も得意だしなー」とそれを利用していた。
青年、アシェル・ローズクォーツは袖口で頬についた返り血をグッと拭って、足元にある死体を見下ろした。すでに大型の魔物に食われていたそれはまだ生温かい。そして、その向こうにいるのが熊型の魔物、ムーンベアーである。通常、すでに冬眠しているはずのそれらがより凶暴になって暴れ、食い散らかしていたという事実が目の前に残っている。
「周辺の奴らは全滅させたけど……。これは人の味を覚えたらいくらでも下山して人里を襲う様になるぞ。山に入るくせにそんなことも知らねぇのかゴミ虫共」
舌打ちをして二人の冒険者と見られる遺体を魔馬の上に乗せた。「ごめんねぇ。帰ったらお湯でしっかり綺麗にしてあげるからねぇ〜」と甘い声で馬の機嫌を取るように話しかける。
コロン、と瓶が落ちた。可愛らしい形のそれに彼の騎獣が興奮したように嘶く。そのことでそれがどういった品なのかをなんとなく察した。
「俺じゃ手に負えなそうだ」
急いでそれを包むと、アシェルは興奮する馬を走らせた。
その日のうちに、領主へと伝令が飛び、アシェルは馬を無理やり寝かせると、着替えたその足で自らハロルドの家へと向かった。国に伝令を飛ばすのは妖精たちの力を借りるのが早いと判断した。
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アシェルは割とコロコロ一人称変わる。
基本的に窓口にいる時とかオキニな子と話す時は「僕」。
冒険者として動いている時は「俺」。
家族の前では「私」。
冒険者に囲まれたり、活動をしていると俺になるのは、ギルド職員になる前のパーティメンバーにつられたとかはある。