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36.地を這うように



 万が一のための逃走経路だった。そこを、走って、走って、男は逃げる。

 エレノアが自供なんてする前に殺してしまえると思っていた。いつもなら簡単なはずのそれは暗殺者が逆に捕まるという最悪の結果で終わった。


 捕まるのは時間の問題だった。

 男にとっては幸いにも、この日は王都で一番人が集まる数日、豊穣祭だった。この日であれば人混みに紛れて逃げるのも容易のはずだった。



(役立たずの王子め。どれだけ暇なのだ!)



 退路は絶たれていた。

 楽しそうに指示を飛ばし、逃げ込もうと考えていた施設付近に人を配置する第三王子の姿があった。愛らしい顔立ちの少年がその横で「襲撃してきた」などと難癖をつけて男の部下をねじ伏せる。細腕で笑顔のまま、男の部下の腕を容易に圧し折るその姿は化け物のようだった。


 仕方がない、と綺麗だとはいえない地下水路を走り続ける。

 それはまるでドブネズミのように。




「うーん、地下とか入りたくないよねぇ」


「入らずともいいさ。薄汚い地下水路になど、ずっとはいられない。特にあの権力欲と性欲に塗れたクソジジイにはね」



 すでにハンベルジャイト家は異母兄アンリが止めを刺していた。騙されていたのだと情状酌量を訴える彼らに、国と民が被るかもしれなかった被害を淡々と告げれば面白いように真っ青な顔になった。

 ルートヴィヒの根回しは彼らから助ける人間を奪い、家ごと潰すようアンリが動くのに非常に役に立った。


 ハンベルジャイト家に起こったことで、報復を恐れた親教会派の人間からも助けてもらえなくなったダドリー司祭は国を出ていくしか道がなくなった。

 エリートと呼ばれる立場だった男はもうただの逃げ回るだけの存在にすぎない。ハロルドに手を出したのがそもそもの間違いだった。



「さて、と。ウィリアム」



 ルートヴィヒは後ろに控える長い銀髪の青年の名前を呼び、微笑みかける。返事をした彼に「宰相が()()()()()()()ルートではどこを通るのだったか」と尋ねると、「バリスサイト方面に出る道だったかと」と返事が返ってくる。



「まぁ、そこに追い立てれば何かが起きると言われて(・・・・)いるし、あとは死に体のあの男でも回収すればいい。生きていれば法で裁けるし、死んでいても晒してやれば向こうも少しはこちらの本気を知るだろう」



 ──怒っているのは人間だけでないと知るべきだ。



 口元に酷薄な笑みを湛えて、彼は身を翻した。




 ようやく地上に出たダドリーは、遠くに集まっていく光を見つけた。その美しさに一瞬、目を奪われる。

 光の方を目指して、火に飛び込んでいく蛾のようにそちらへと足を進めていった。それは奇しくも、ある日のブランが王都へと必死に足を動かしたルートと同じだった。

 光が消えても、男はそれがあった方へと歩き続ける。やがて夜が明ける頃、雨が降り出した。それは徐々に叩きつけるようなものに変わっていく。響く雷鳴は大きい。彼の非常に近くに落ちた雷。それが美しい、艶やかな女の姿へと変わっていく。



「うん、女神もたまには気が利くな。ちょうど我も仕返しをしなくてはいけないと思っていたんだ」



 女は、雨などまるで関係ないといった様子の態度で忌々しげに男を見た。

 ふわふわした緑の髪をかきあげ、その怒りに燃える瞳にダドリーは魅入られる。


 下卑た表情で手を伸ばそうとした男に、雷が落ちた。雷は風の魔法の領分だ。力を取り戻した彼女にとって男が苦しむ程度のそれを操ることは容易なことだ。



「悪事を企むたびに雷が苦痛を刻むようにしてやる。まぁ、そこまで長い命ではなさそうだがなっ!!」



 女神も相当怒っているらしい。

 ダドリーの逃げ場を失わせるようにルートヴィヒに神託を下していたのはフォルテだ。しかし、己が動くと罪なき民もまた被害を被ることを彼女は憂いていた。

 だから、報復の機会がその女にやってきた。


 雨が弱まると、馬の足音が聞こえる。

 どうせこういった阿呆は、こんなどうしようもない呪いでもずっと苦しむことになるだろうと女はにんまりと笑いながら姿を消した。

 ダドリーはそのまま捕まり、牢に入れられるが、彼女の思惑通り、逃げようとする度に、嘘を吐くたびに切り裂くような痛みがその身を苛む。この度の失態で彼を助けようとする人間はもうおらず、痛みと苦しみだけが残った。迎え入れる家族もなく、戻るべき居場所などこの世にはない。ただ全てを吐くまで牢獄で、それが終われば処刑場へ、死してなお自らが砂をかけた存在に苦しめられる。残された未来はそれだけだ。


 少し遠くでダドリーが捕まって連れて行かれる様を見送った女は、「ざまぁみろ」と腰に手を当てた。それから、指をくるくると回すと、緑の光が身体を包むように動いた。それがパンと弾ければ、彼女は()()()()姿へと戻った。



「やっぱりこの姿の方が、ハロルドは我を甘やかしてくれると思うんだよな〜」



 ふわふわの緑の髪に桃色のほっぺの可愛い幼女がそこにはいた。

 精霊ブランは精霊樹が育ち、エルフたちからまぁまぁな信仰をもらったのである程度の力が戻っていた。けれど、本来の艶やかな美女の姿をよしとせず、助けてくれた少年が確実にヨシヨシと甘やかしてくれるであろう姿をとった。彼女はハロルドたちとの暮らしを存外気に入っていたのである。



「呪いは死ぬまで続くし、発動しなくなれば継続ダメージに変更すればいい。我みたいに住む場所も力もなくなったっぽいし、死んだら多分あちこちで食われるだろうからヨシ!」



 ブランは髪を手櫛で整えて「さ、早く戻ろ」ととびっきり可愛い笑顔を見せた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます!!


一応次で2章完になります!

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