32.買い食い
買い物を済ませると、さっきブランが気にしていたエリアまで戻ってきた。荷物は物陰に隠れて異空間収納に突っ込んでいるのでいつものバッグだけになっている。
「ハロルド、あれ!あれが良い匂い!!」
甘い匂いに誘われて手を引っ張るブランに苦笑しながら屋台へと近づく。手を引いているのはこうしていないと、今の感じで好奇心のままにぴょこぴょこどこかに行ってしまうからである。
甘い香りの正体は飴細工だった。果物が中に入っているフルーツ飴が気になるようで、大きなリンゴを見てキラキラとした目をしている。
(リンゴ飴とか、縁日のイメージ)
少しの懐かしさもあって、「これにする?」と聞くとコクコクと大きく頷いた。店の店主は「優しい兄ちゃんでよかったな、嬢ちゃん!」と笑ってブランにリンゴを手渡した。ネモフィラが小さな声で「いちご!」というので、自分の分のリンゴ飴といちご飴の代金も合わせて支払って商品を受け取った。可愛くラッピングされている。飴でコーティングされたそれは綺麗だ。
「家に帰ってから食べよ……遅かったか」
すでにラッピングをむしり取って齧り付いていた。
美味しそうに食べているからいいか、とその手を引いて歩いていると、声をかけられた。
「ハル、用事終わったみたいだな」
「アーロン。そっちもまだ買い物?」
「おう!あ、ローズにドーナツ食わせてるんだけど大丈夫だったか?」
小声で尋ねられた言葉に「大丈夫だよ」と返す。妖精たちはそんなに食べる量は多くない。いちごひとつでも満腹みたいな顔をする。その割に要求してくるおやつが作るのが面倒な物ばかりなのが少し辛いところだけれど、一回食べさせてしまえばしばらくご機嫌である。逆に現在隣で顔をベタベタにしながらリンゴ飴を食べている精霊は思った以上に食べる。ハロルドより食べる量は多いかもしれない。
「汚い」
ネモフィラが姿を見せないまま文句を言っている。口元が飴でベッタベタなので仕方がない。
「威厳がねぇな」
そんな物はハロルドが彼女を見つけた時からない。
ハンカチを魔法の水で濡らしてから、ブランの顔を拭く。すっきりしたというような顔をする彼女は「次は肉がいい!!」とタレがたっぷりついた串焼きを指さしていた。
「ブラン、帰ってからご飯作るからダメだよ」
「食べる!」
「ダメ」
やりとりが母親と子どものようだ。
実際にそんなことを言っては母親にいい思い出が全くないハロルドに冷たい目で見られることはわかっているので黙っているが、アーロンは自分の母親と妹のやり取りを思い出していた。
「今日は家で肉を焼きます。だからダメ」
「あー……そういや、ボアの肉そろそろ食っとかないとやべーんだっけ」
保管庫に入ったもののことを思い出して、アーロンは「そらあかんわ」みたいな顔をした。自宅用に作ってある保管庫には冷蔵機能は付いていても冷凍の機能は付いていない。
「つーか、ブラン。家にあるハルお手製のソースが洒落にならん美味さだからさっさと帰ろうぜ」
「真か!?帰る!!」
すっかり幼児な精霊様をアーロンが抱き上げる。食べ物に釣られる精霊とかありなのか?と複雑そうな顔をするハロルドではあったがすぐに思い直した。
(樹を伐られてから碌な事なかったっぽいし、いっか)
結局のところ、あまりにも境遇が可哀想だったので彼もまたブランを甘やかしてしまうのである。ネモフィラが不服そうに肩の上に乗り直す。
「肉だけじゃダメだから、トマトのスープでも作ろうか」
「ボクの分も、ね」
ハロルド産の野菜のスープに味をしめているネモフィラもまた、ちょっとちょろかった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
多分、日付変わるまでにはもう1話投稿、できる、かも、しれない……!