27.緑髪の女の子
例のあの子
ルートヴィヒが「私の部屋にベッドを運ばせて寝かせておくから安心しろ」と言うのでアーロンは治療のために王城に滞在している。なお、翌朝に女神が「手が可哀想だった」という理由で魔弓を扱う際に専用の弓手袋が出てくるようにするがそれはまた別の話である。女神が異常に疲れていたのもまた別の話である。
ハロルド自身は妖精たちの「アタシがハルを守ってあげる!」「あてにならない」「アーロン助かったのだってぇ、ハルが頑張ったからだもん」という発言を受けて自宅に帰っていた。ハロルドが嫌いそうな人間は追い払ってくれるらしい。やりすぎないかは心配だが、「いっそやりすぎるくらいの方が見せしめになるんじゃないか?」とすら思い始めた。なお、割ともうやりすぎだが、見せしめになっていない。「ワンチャンある!?」と思った瞬間不法侵入しそうになる。狂人や犯罪者の思考はハロルドにはわからない。
そんな感じで自宅に戻れば、家の前で幼女が倒れていた。医者のところに連れて行こうにも時間が時間なので少しだけ迷った結果、家の中へと運び入れた。
(俺がまだ子供じゃなかったら事案だよなぁ)
緑色の髪は汚れて、素足で歩いたのか怪我をしているようだった。全体的に小汚い。
仕方ないな、と汚れを落とす魔法をかけると、多少はマシになった。それをベッドに寝かせて、布団をかけた。
「ハル、アタシはお庭のスイートローズでジャムを作って欲しいの!」
「玉ねぎとろっとろのスープ」
「ウチはキャロットケーキ!」
うっきうきでご褒美をねだる妖精たちは可愛いけれど、どれもこの時間から作るのは辛いものばかりだった。けれど、今回相当助けてもらったこともあって、「今回はやるしかないか」と気合を入れた。幸いにも明日は休みだ。
妖精たちは交代で休憩を挟みながら警護と監視をしていた。ハロルドは何のかんの自分が絶対に受け入れられないということ以外はわがままを聞いてくれる。なのでうきうきと注文したものが完成するのを待っていた。なお、ハロルド自身は「いや、玉ねぎのスープって多分ばあちゃんと一緒に作ってたやつだよな。美味しいけど手間がかかるんだよな」と真顔で玉ねぎを剥いていた。
「それにしてもぉ……コイツって精霊でしょぉ?何でこんなとこにいるのかしら」
緑髪の幼女を見ながらリリィは呟く。まだバサバサではあるけれど、長くふわふわした髪や桃色のほっぺは魔法のおかげでまだ見られるレベルになっている。
どこから来た精霊かなんてリリィの知ったことではないけれど、精霊木などが市場に出てくるあたりで若干何か思うところはある。
「ハルが巻き込まれなきゃいいんだけどぉ」
拾ってしまった時点で手遅れか、と首を傾げる。けれど、彼女は「弱ってるしぃ、ハルが嫌がったら消せちゃうからいっかぁ」という何とも物騒な理由で精霊の寝顔を見つめていた。全盛期の精霊が相手ならまだしも、相手は力が枯渇して弱った雑魚精霊である。力ある者の余裕というやつだった。
やがて、家の中に甘い香りが漂い始めた頃、彼女はゆっくりと目を覚ました。キッチンでは「待て!ジャムだけ食うな……ネモフィラ、もう少しでできるんだから摘み食いしない!」と騒いでいた。若干空が明るくなっている。
「そもそも、結構香りが強くて甘いのによくそれだけで食べられるな!?」
徹夜のせいかハロルドのテンションがいつもよりも高い。
妖精たちに言われて紅茶を出したり、隠していたおやつをねだられたりしているハロルド。忙しかったためにそこに彼女が立っていることに気が付かなかった。
彼女は話しかけようとしているけれど、妖精たちがハロルドを構っているので中々そちらに注意が行かない。
はじめは気遣わしげに声をかけようとしていた彼女だったけれど、騒がしい妖精たちの方がどうしても目立つので自分の声は届かない。気絶していたから自己紹介もしておらず、名前もわからないので呼ぶこともできずにオロオロとしていたけれど、どんどん顔がくしゃくしゃになっていく。「おい」「お前」などと呼びかけても、「ハルぅ〜、美味しい〜」なんて言いながら小さなフォークを持つ元気いっぱいの妖精の方が声が大きかった。
やがてキレた彼女は泣いて地団駄を踏みながら「人間!人間!!」と叫び、そこでようやく彼はその存在に気がついた。
「ああ、目は覚めた?ご飯は食べられる?」
しゃがんで目線を合わせながら聞くハロルドに対して、ぐずぐずに泣いた女の子は「たべれりゅ!!」と言った。内心で「元気でよかった」とのんびり思いながらハロルドは彼女を抱き上げて椅子に座らせる。その前にスープとパンを出せば、泣いていた表情がパッと明るくなった。濡れた布で顔を拭ってあげてからスプーンを渡すと嬉しそうに食べ出した。
「ハル、そんなことしてたら懐かれるわよ」
「それ、精霊」
「でもぉ、優しいハルのこと、ウチは大好きぃ」
その言葉にギョッとしてパンを頬張る精霊を見た。
「うまぁ〜!!人間、お前親切だなッ!!」
少しだけトラブルの気配を感じる。けれど、あれだけボロボロの女の子を放って置けるほど人間性を捨ててはいない。
(まぁ、仕方ないかぁ)
苦笑しながら、ミルクをコップに注いで差し出した。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
感想もありがとうございます!!
なお、幼女になっちゃったのは移動しているうちになおかつ弱っちゃったから。
かわいそう。