24.身勝手な思惑
香水が魔物を引き寄せることは聞いていた。
けれど、エレノアはそれを躊躇なく使用した。
友人とはいえ、相手は男。しかも、粗野な平民で自衛の手段もある。それと比べれば非力な自分を守ってくれるだろうと思っていたし、崖から捨ててしまったなら死んだものと諦めてくれると思っていた。
こんなに早く、ハロルドが森に来るとは思ってはいなかった。
一瞬だけ姿が見えたけれど、ハロルドはエレノアに一瞥すらくれずアーロンを追いかけた。
おかしい。
おかしい。
こんなはずではなかった。
足を縺れさせながらエレノアは必死に逃げる。それを面白がるようにジュエルリッパースクワロルは少しずつ少しずつ彼女を追い詰めていた。
(大丈夫、ハル様は人が良い。わたくしがいると今頃気づいているはずだわ。そうすれば、必ず助けてくださる……!)
そして、白馬の王子様のようにやってきたあの美しい少年は、傷ついた可哀想で美しい自分を見つけて情で絆されるだろう。
そんな身勝手な希望を持ちながら、エレノアは走った。
もう、情で絆される程度で収まる嫌悪感ではないことには気がついていなかった。
ジュエルリッパースクワロルはその時、不快な臭いを感じ取った。人間が時たま使う煙が出る玉の臭いだ。それが放たれると、より強い人間が押し寄せてくることをそれは知っていた。
せっかくのいたぶり甲斐のある馳走だ。もっと遊びたかったが、今強い人間と争うつもりはなかった。もっと仲間を、子を増やしてからだ。そうでなければ太刀打ちができない。
だからそれは容赦なくエレノアの前に出て斧を振るった。
「いやああああああ!!」
目に一閃。
刃が走る。
突如襲った痛みと熱さ、そして暗くなった視界に彼女は混乱する。ハロルドの名前を呼びながら、地べたを這い回るエレノアの足を切り落とそうとした時、リッパースクワロルの真上から矢が放たれた。
「マジか、外れた」
「アーロンが外すのも珍しいな」
「まだ痺れてるんだけど、あの回復薬何だったんだ?」
「回復薬の問題じゃなくて、君の怪我の程度の問題だよ」
上空には、あまりにもしつこく、しかも大勢襲撃してくるリッパースクワロルが鬱陶しくて様子を見に来た二人が浮いていた。
「ジュエルシリーズじゃねぇか。赤は正解だったな」
「それにしても数が多いな。このまま逃げると追いかけてきた奴らが被害者出しそうだ」
一応、王城に知らせは届けている。そして、救援は森の手前までは辿り着いていた。
「とりあえず、量は減らしとくか」
「本気か?下にいるの、君を攫って高所から落としてきた連中だぞ」
「いや、こいつ等の為じゃなくて他に被害が出ないようにだよ。お前、さてはまだめちゃくちゃキレてんな」
冷静ないつものハロルドならば、彼自身が言いそうなことだった。けれど、今のハロルドはプッツンきてる状態なので配慮という文字が脳内から消えていた。
「仕方ないだろう。俺だって聖人じゃない」
そんなことを言いながら、アーロンを手伝うようにリッパースクワロルを倒していく。
箒でぷかぷかと浮きながら、飛んでくるものを中心に潰していると、松明のような灯りが遠くに見えた。
「ハル〜!呼んできてあげたわよ」
褒めて褒めてと言わんばかりの様子のローズがハロルドを見上げながらキュルルンと可愛い顔をした。それにお礼を言って「今度、何かお願いを聞くね」というと三人ともがギラっとした。それに気づいているのかいないのか、ハロルドは「さて」と口に出した。
何もやらなかったのが悪いのかもしれない、と呟く声音は重い。だから、自分も神の加護を受けた人間なのだと思い知らせてやることにした。こういうことは嫌いだし、できることならばやりたくはなかったけれど、こうでもしないと舐められるというのなら仕方がない。
「リリィ、一応アレを保護してあげて」
「えぇ〜べっつにいいんじゃなぁい〜?」
「ごめんね、いくらアレでも殺すのは流石に気が咎めるから」
勝手に死んでくれるのなら話は別だけど、とでも言うような口調である。
土壁が彼女の周囲を覆うと、ハロルドはローズの名を呼んだ。
「ふふ、ぜぇんぶ焼いちゃお!」
ローズから放たれた赤い光を受けて、ハロルドの魔力が上がるのを感じる。震える声で「は、はるさん?」とアーロンが名を呼ぶ。
「焼き尽くせ!!」
暗闇に弾けるように紅蓮が花開き、それと同時にアーロンの「爆発落ちなんて最低!!!!」という叫びが響き渡った。
爆 発 落 ち !
いつも読んで頂き、ありがとうございます!!
ちなみにエレノアは見えてないけどヤベェ爆音と魔物の悲鳴が聞こえてビビって失禁してる。