10.心奪われて
ハロルド、おこ
彼がエレノアと一緒にいるその理由を考えながら、アーロンと一緒に話し合いながら家に帰る。家の扉を開けると、中からエレノアが飛び出してきた。ハロルドが咄嗟に避けると、アーロンにぶち当たった。そして、それに気がついた彼女は思い切りアーロンの頬を打った。
「ハル様、お待ち申し上げておりましたわ」
「飛びついてきておいて、俺の友人の頬を打つような人と話すことはない」
だいたい、どうしてこの家から彼女が出てくるのか。不快さを隠そうともせずにエレノアを見つめる。
「おかえりなさい」
いつもより穏やかな声が響く。ブライトがエレノアを引き入れたようだった。何か言おうと口を開こうとしたアーロンの耳に、「へぇ」という底冷えするような声が聞こえた。
「へぇ、そういう事を、するんだ?」
ブライトとエレノアを見るハロルドの目は冷ややかだ。
ハロルドは教室で見た時の感覚と、今のブライトの異様さから彼を見た瞬間に魔眼を発動させて鑑定を行っていた。普段、人のプライバシーや知られたくないことを暴く事もあるということを考慮して見ていなかったそれではあるが、友情に罅が入ってからでは遅い。
彼の状態変化に「魅了(中)」という文字があったこともあって、彼女が完全にハロルドを怒らせた瞬間だった。
エレノアに目を向ければ、スキルに「魅了(期間限定・中)」とある。誰に与えられたものかは知ったことではないけれど、彼女が犯人だということはほとんど決まりだろう。
「俺は、俺の周囲に手を出されるのが一番嫌いだ。というか、気に食わない」
淡々とした口調で「出て行け」と続ける。それでも意味がわからないのかオロオロとするエレノアを殺気を感じたアーロンが外に放り出した。途端に目の色を変えて、エレノアを庇おうとしたブライトの手足が太い木の幹のようなもので拘束された。
「ありがとう、リリィ」
「ふふーん、これくらいラクショーだもん」
どうせ殴ろうが薬を盛ろうが、ブライトに効かないことはわかっている。
「どうするよ、ハル」
「ルイに頼む」
王族の友人であることに加えて、彼自身も聖魔法が得意である。あと、ついでに王家の皆様にチクることも可能だ。ダメなら王太子やエドワードもいる。アメシスト侯爵家に泣きつくのもありだ。ハロルドの伝手もそこそこ凶悪になりつつある。
アーロンに頬を冷やす簡易の氷嚢を手渡して、ブライトを台車に乗せた。
エレノアは自分を置いて去っていく二人を見送ることしかできず座り込む。あの美しい少年を下僕にすらできるはずだった力はまるで効いていないようだった。
教会から指示されたようにハニートラップを仕掛けていたというのに全てが裏目に出ている気がする。
(聖女様に、なんとご報告をすれば)
何としてもその心を得たい殿方がいる、と泣き落とせば彼女は「使い方を考えるのよ?」とその御業を授けてくれた。それを神官と両親に報告してその指示通りに味方を作り、ブライトを落とすまでに至った。だというのに、肝心のハロルドには力が通用せず、アーロンという下賎の者にも弾かれた。
路上で座り込む羽目になったことに腹立たしさを隠すことができない。
あの下賤の者とは違い、自分は高貴な伯爵家の子女なのだ。それをこんなにも粗雑に扱い、蔑ろにするなどそもそもが許される話ではない。
うまくいっていたはずなのだ。
ブライトを操り、家の中にまで入った。
(しくじったわ。だからわたくしは、家の中で大人しくしていた方がいいって言ったのに)
少なくとも、家のドアが閉まってさえいれば、令嬢としての価値を云々と責任を取らせることもできたかもしれないのに。
もっとも、そういうことをした段階でハロルドは報復に出るだろう。そんなことがないなんて思い込んでいる時点で彼女はまだ傲慢で、平民である彼らのことを下に見ていた。
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