32.その感情はどこから
「アンリ殿下、今度の戦いで出軍するのですって」
ヴィクトリアは生徒の言葉に、思わず眉間に皺を寄せた。
彼女の目の前にいるのはエトナ・オパルス。拐われた教え子であるブライト・ガーネットの婚約者である。婚約者が拐われたにしては落ち着いているが。
事実として、エトナは「死んでいないなら、近々自分で帰ってきそうね」なんて思っていた。ブライトの友人であるハロルドたちと同じ結論に辿り着くくらいには彼女も自分の婚約者について詳しくなっていた。
「王太子が出るほどの事態が起こっている、なんて言いふらすものではありませんことよー?」
ヴィクトリアは怒った顔を作って、エトナにそう告げる。
そして、「最近、来ないと思ったら」と心の中で毒吐いた。
アンリ・シャルル・エーデルシュタインとは、そういう男である。
どうせ、今、ヴィクトリアに会いにきて、いつものように「愛している」とか「結婚してくれ」と言うのは自分の命を盾にしているようで狡い、とか格好が悪い、とでも思っているのだ。
(確かにここで泣いて縋りつく姿は無様でしょうけど)
それでも、戦場は何が起きるのかわからない場だ。
命の危険があるのに知らせず、何も言わずに発とうとするのは何事か。
(求婚を断っているのにそう思うのも、理不尽であるとはわかっていますけど、それはそれで気に食わないというか)
ジッと自分を見つめるエトナに、「どうしましたのー?」と問う。
「いえ、お二人とも難儀な性格をなさっているなぁ、と」
エトナは良くも悪くもストレートなブライトに慣れていたので、余計にそう思っていた。
生徒からそう言われたヴィクトリアはピシリと固まった。自覚はあった。
ヴィクトリアが以前婚約していた相手とは、婚約中に仲良くしていたつもりだった。この人とならば、穏やかな家庭を築くことができるだろう。そう常々思っていたし、好意を持っていた。
しかし、時間をかけて仲を深めたはずの彼は、泣きつく妹にあっさりと陥落し、「君は一人でも生きていけるけれど、彼女は私がいなくては生きていけないのだ」と宣った。
そして、ヴィクトリアは気付けば何もかもを奪われていた。
そんな彼女に職と住む場所を用意してくれたのは妹と婚約していたはずのアンリだった。
妃教育には金と時間がかかる。それを全て台無しにされたのだ。アンリだって怒り狂ってもいいはずだったと思う。それに、ヴィクトリアを見捨てたっていいはずだった。
しかし、何かと気にかけてくれていたことを、今のヴィクトリアは知っている。
(あれも全て、殿下の言う『愛』だったのかしら)
紛い物の愛しか手元になかったヴィクトリアに、それはわからないけれど。
それでも、今、確かに熱い感情を向けられていることは知っている。
(有給。確か、残っていましたわね)
気に食わない、と思う気持ちがどこから来ているのか。それを知るために、行動してみるのもたまにはいいかもしれない。
ヴィクトリアはそんなことを思いながら立ち上がった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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