38.夏の終わり
楽しい時間はあっという間だ。
ハロルドは「ただし俺に狂って捕まった人数は数えないものとする」と少しだけ表情が無になった。王都からやってきた面々は、向こうで裁かれるであろう。怖いのは異性だけではなかったことである。護衛がいてよかったと思っているハロルドではあるが、護衛の方は「俺ら敵じゃなくてよかった〜!!」と心の底から思っていた。何せ、物騒ボディーガードが酷すぎる。いきなり、木の根っこがならず者の足を絡め取って、地面の底へと引き摺り込んでいくその様はホラーである。ちなみにどこかから「クスクス、ざぁこ、ざぁーーーこ!!」という少女の声も聞こえる。おそらく正体は妖精である。
薬草を移し替えたり、売る分をまとめたりする。
妖精のせいで急激に増えた魔力もそれなりに制御ができるようになっていた。そのおかげでまた魔法薬の練習も捗るようになっている。単純に作る量だけのことを考えれば、魔力量が上がった分たくさん作れるようにもなっている。基本的にハロルドは自分の欲しいものを優先的に作っているので、内容は回復薬や解毒薬、日焼けに効く薬やハンドクリームだ。あとは肥料。
ハロルドは普通に肥料もしっかり作っていた。家畜の糞なども使ったりすることがあるのでブライトには若干不評ではあったけれど、彼的には「野菜が美味けりゃオッケー」である。
「なんか知らないけど、こんだけ美味くなるならちょっとはあの不毛の地にも効くかな」
その肥料も臭いが漏れないように厳重に包んで、エドワードにもらった便箋でエドワード宛に手紙を書く。友達の兄とはいっても、流石に王太子に手紙を書くのは少し気が引ける。侯爵家の嫡男も十分敷居が高いが、「王太子よりマシか」という部分でハロルドは肥料をつけて送ることにした。
「まだ痒み止めは手放せないから手荷物。うーん、虫除け早く作れるようになりたい」
ハロルドは普通の虫だけを選択して落とすような薬を作れないので、蚊などに刺されて痒くとも薬で誤魔化すしかない。蚊のせいで広がる病気もあるのは知っているけれど、益虫まで殺してしまうと生態系に影響が出る。
売る分の薬草を束ねると、冒険者ギルドへと足を進める。この薬草は育てるのが少し難しいと言われていたが、スキルのせいか豊作だった。ある程度余裕を持って異空間収納に突っ込んでいるけれど、過剰分は出してもいいだろうという判断だ。
待ち受けに座る青年はハロルドを見ると「おいーっす」なんて言いながら手を振った。彼はアシェル・ローズクォーツ。ピンクブロンドの髪にローズピンクの瞳を持つ子爵家の四男だ。子沢山貧乏な家庭だったため、自分の食い扶持は自分で稼ぐ、ということをやっていたら冒険者協会に就職していた。なお、彼自身も高ランクの冒険者である。いかにも優男、といった風体ではあるが油断して彼の前で悪事を働こうものならば真っ黒焦げである。むしろそういったことが好都合とされて受付に置かれている。
「今日は依頼を受けに来たのかい?」
「いえ、薬草の買取依頼です」
「わかった。じゃあ、向こうで待っててくれるかな」
待合を親指で指して、頷くのを見てからアシェルは笑顔のまま薬草を入れ物に入れ、蓋を閉める。
(ハロルドくんには帰りに、今度から別室で渡してもらうようにお願いしなきゃな〜)
ハロルドが「ちょっと育てるのが難しいだけだし」なんていって持ってきた薬草は非常に高い値段がつく代物だ。栽培が“非常に”難しく、その効能から上級の薬にも使用される。繊細な管理が必要なそれは特に隣国での需要が高い。
現在、隣国ではとある病が流行っていた。そのせいで多くの“貴族”が床に伏せ、薬を探し回っていると聞く。
(うちの国も必死に買い集めてる最中っぽいんだよな)
流行病であるならば、この国でも流行る可能性は高い。それなのに、目先の利益を優先して自分たちの首を絞める者もいるのだ。
貴族がすでに倒れているのならば、平民だって無事なわけがないのだ。
「さ、お仕事お仕事」
切り替えて薬草の入った入れ物を抱える。
査定が終わったあと、予想外の値段がついたことにギョッとしたハロルドにアシェルは少しだけ困った顔で丁寧に説明し、別室に案内する用のコインを渡した。
「なんか、もう少し育てるものも考えた方がいいのかもな」
呟いたハロルドに、妖精たちは「ハルの好きなもの育てればいいの!」と主張した。
「ボクたち、ハルの育てた植物好き」
「何があっても、ウチらが守ってあげるしぃ〜」
妖精たちに頼んだら絶対やりすぎるだろうと思ったハロルドは「何事も限度があるからね」と曖昧に笑った。彼女たちがやりすぎないように気をつけようと思っているハロルドではあるが、すでに、手遅れ、である。
気付いた時には大抵ッ、手遅れッッッ!!
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