18.一応報告
アルスの言っていたことを踏まえると、花香は国内での状況が悪く、それを打開するための力を求めている。しかし、以前にやりすぎたせいで神々にそっぽをむかれており、消極的姿勢ではあるものの滅びを願われている。
だからといって他国で無茶苦茶やっていいわけがないし、あのアルスにあれだけ言われるところを見ると自業自得なのだろう。
(とはいえ、今のところしっかりとした証拠がなくって追い出す理由に欠けるらしいんだよなぁ)
関わりたくないのは本音だが、妖精たちの自由を思えば偶然を装って接触し、現行犯逮捕してもらうのが一番早いような気がしてくる。
しかし、そのような方法には危険もつきまとう。それで彼女たちを危険に晒すのは嫌だった。
「……植物を育てられる環境ではなくなった、か」
まるでバリスサイトの時のような状況だ。違うのは、それが神でなく人の手で起こった事態であるということだ。人に比較的甘いフォルテですら手出ししたくないと放置している。
バリスサイトを復興させた肥料や栄養剤があれば手を引くのだろうか。そう考えたあと、ハロルドはゆっくりと首を横に振った。そんなもので手を引くような連中ならば、アルスは目の前にエサをぶら下げられていたとしてもあんなことは言わなかっただろう。むしろ、その存在を知ればハロルドをどうにかして手に入れようと血眼になる可能性もある。
(すでに神から嫌われているのなら、これ以上がないだろうと思っている可能性もあるね)
実際、ハロルドは『これ以上』というものはあると考えている。
それはマーレ王国で天秤の女神ユースティアの裁きが下った際のことを考えると明らかだ。終わることなき冬と容赦ない粛清。神の罰はハロルドが関わる限りでは苛烈である。かろうじてそうするだけの大きなことがなかった、もしくはじわじわと苦しませることを目的とした罰だったはずが、妖精や精霊といった存在、土地そのものの力を根刮ぎ使うことで今まで長らえてしまったのだろう。
(それとも、マーレで起こったことは俺が関わっていたから酷くなっただけと考えられているとか?それなら、余計にこの国で動きづらいものだと思うけど……。国一つ分離れているから情報が少ないのかな)
そんなことを考えながら、手紙を綴っていく。
「やっぱり、インクがすぐに乾くのって利点だよなぁ」
前世でいうボールペンのような筆記具が恋しい。
アルスに関する記述もあるので、送る先は国王だ。フォルテを信仰しているウィリアムからもらった印璽を取り出し、特製のワックスを用意する。ワックスは特殊な調合になっており、今これを所持しているのはハロルドのみである。封筒にそれを垂らすと、印璽を上からゆっくりと押す。この作業をすることは少ないのであまり慣れないが、固まった封蝋を見てこんなものかと頷いた。
道具はさっさと異空間収納に片付ける。これが二つ揃うことで神子からの手紙であるという証明になるとウィリアムから聞いており、盗まれるようなリスクはないに越したことはない。
「すみません」
「はぁ〜い。なんでしょう、神子様」
語尾に全部ハートマークが付いているような甘く媚びたような声と共に、灰色の髪の女性が顔を出した。イエローの瞳が猫のようで愛らしい。ぴょこんと猫耳型のフードが揺れているのは中にちゃんと耳が入っているからだ。髪と同色の尻尾が揺れているのが見える。
彼女は猫の獣人だった。昔の血縁に獣人がいたことによる先祖返りである。
彼女はサリア・ダンビュライト。ノアの兄の、妻である。ハロルド信者である彼女は今日もハロルドを守り、その命令を聞くことに文字通り全てをかけていた。
とはいえ、ハロルドのお願いは身を守る以外だと手紙を王城へ届けるくらいのものである。
「これを陛下に」
「かしこまりました」
まるで王から書状を受け取るがごとく、恭しく手紙を受け取るサリアにハロルドは苦笑した。