36.過ぎたる力を持つならば
困った、とハロルドは手のひらを見つめる。
魔法の力が異常な伸び方をしているせいで上手くコントロールが効かなかった。前から作っていたような、割と簡単な魔法薬ならまだしも、繊細な加減の必要な魔法薬も成功率が下がっている。
どうしようか、とは思ったけれど彼は基本からしっかりやり直すか、と切り替えた。強くなったのだから自衛という意味では悪いことばかりではない。やはり、きちんと制御ができるならばという注釈はつくが。
教科書を捲って、魔力制御のページを開く。ゆっくりと脳に刻みつけるように読み込んで、やがて静かに息を吐く。
坐禅を組み、瞳を閉じて自分の中の魔力を探る。深く、深く意識の中に潜り込むように。大きな熱源のようなものに触れる。それを少しずつ取り込み、慣らしていくイメージだ。けれど、それが大きすぎるのか一朝一夕にはいかない。
限界を感じて瞳を開ければ、汗だくだった。やはり負担が大きいらしい。少しだけ妖精たちを恨めしくも思う。
(でも、なんかあの子達は俺を心配してるっぽいんだよな)
始まりは家となるであろう水晶花と好感度ボーナスによる加護であったけれど、妖精たちはハロルドにこびりつく悪意に警戒もしていた。お気に入りに手を出されるのが気に食わないという考えもある。
少しだけその意図を考えてみようとしたけれど、彼女たちの警戒がどこからくるかはやはりわからなかった。現状のハロルドには国からついた護衛がいるし、友人にも恵まれている。だからこそ、こうして瞳を閉じて瞑想のような真似ができるし、夜も心穏やかに眠ることができる。
ハロルドが知る由もなかったけれど、前に住んでいたところを襲った者たちが血眼で探しているのは、彼の育てた薬草だった。その中には一部手に入れるのが難しいものもある。ハロルドは「こっちにきてから薬草の値段上がったな」と首を傾げたりもしていたが、単に買取価格が適正化されただけである。
そういうのも含めて、悪意がハロルドに向いているという面は確かにあった。
「とりあえず、しっかり扱えるようになっとかないと」
何があっても対処できるように、とハロルドは再び練習に戻った。
そんな彼を勤勉だ、と妖精たちは感心しながら見ていた。そして、その後ろで明らかなならず者がなぜこうなったのかも分からないままにボロボロの姿になっていた。
彼らにはローズたちの姿は見えない。いきなり、尻に火がついたり、ぬかるんだ土に足を取られたり、頭上から氷柱が落ちてきた。それはローズたちがハロルドのためにやったことである。
以前ハロルドが住んでいた村をどれだけ探しても、取引していた薬草は手に入らなかった。その薬草は、隣国で非常に高い値で売れた。それが何になるのかも知らないままに安く買って、数倍の値段で売る。彼らはそうやって生計を立ててきた。
しかし、この数年で収穫量は激減し、どう突いても以前ほどの量は入らなくなっていた。
最近になってとある“少年”がどこかで薬草を育てて売っていたらしいという情報を吐いた者がいた。そこからは村を出た人間の足取りを調べれば良いだけだった。
子供一人くらい、その祖父母を人質に取ればいくらでも働かせられると踏んでいた彼らは、近づくことすらままならない状況で見えない“何か”に襲われることとなった。
「そんなに欲しいなら、自分たちで栽培すれば良いのよ」
「怠け者。搾取は許せない」
「さっさと居なくなっちゃえ、クズ」
クスクスと嘲笑うように少女のような声が聞こえる。その姿はやはり見えないままで「ふざけんな、クソガキ!!」と叫ぶ。
そんな態度に彼女たちの苛立ちは増す。
「殺す?」
「殺す」
「殺っちゃえ」
人ならざるものに喧嘩を売られたとみなされた男たちは、残酷な妖精たちの手にかかろうとしていた。木の根のようなものが足を掴んで、少しずつ彼らを地中に引き摺り込んでいく。叫ぶ声が不快だと口の中に土を突っ込まれて、音もなく沈んでいった後、これでよし、とばかりに三妖精は満足げに頷いた。
「さっ、頑張ってるハルを応援しに行こ!」
「平和が保たれた。ハル、喜ぶ」
「ざこざこくらい排除してあげちゃう。ハルったらまだ弱いから、さ・あ・び・す!」
本人が聞いたら「物騒!!」と真っ青な顔で叫びそうなものだけれど、肝心の本人は知らないため、会いに行っていつも通りに「仕方がないな」とお世話をする。
お菓子をせしめて、三妖精は満足そうに笑った。
妖精たちは気が短いし、人間のルールで生きてないのでイラっときたらまぁ……うん。