34.ここでも現れる不審者
暑苦しくはあるけれど、それでも緑が豊かであるからか、都会よりも過ごしやすい。ナイフの手入れをしているとワイワイと騒ぐ声が聞こえた。
ブライトは貴族らしくない。楽しそうに薪を運び、ハロルドの祖父母に褒められて嬉しそうにしている様子を見ると、そのように思ってしまう。
ハロルドが見ていることに気がついたブライトは手を振ってきた。それに手を振りかえすと、肩にずしりと重みが乗った。
「もう終わったか?」
「うん。それはそれとして、刃物持ってる時は危ないよ」
「悪い」
少し気まずそうなアーロンの顔を見て、「もうやらないならいいよ」と言うと、なぜか後ろで人が倒れた。なんだろうか、とハロルドが立ち上がるとそれを制止してアーロンがそちらに向かう。
こういう時は自分が行けばアーロンが不機嫌になることを知っているので、ハロルドはナイフをしまってリュックを背負った。
一方でアーロンは無感情な瞳で倒れた女を見下ろしていた。
この村の住民ではない。明らかに働いたことのない女の手と、興奮したように色づく頬。10代半ばから後半といったところだろう。
触ろうとすれば、ガラの悪そうな格好をした、けれどその足捌きからしてただのならず者ではなさそうな男たちが出てきたので、迷うことなく笛を吹いた。特定の人間にしか聞こえない特殊な笛であるらしく、男たちは意味がわからないというような顔をした。
アーロンの目が影を捉える。これでよし、とばかりに立ち上がって背中を見せた彼に男たちは剣を向けようとした。けれどそれは届くことはない。
「こんな辺鄙なところにあんな格好できたら、捕まえてくれって言ってるようなもんだろ」
どこか呆れたような声でそう呟く。
ハロルドの祖父母は、以前住んでいた場所が襲われてなくなったことを知っていた。血生臭いそんな話を孫に説明するのが嫌であったのでハロルドが聞いていないだけである。危険に関する情報は大体の場合、どの情報よりも優先して拡散される。
少し遠い、くらいの村でそんな出来事があったのだ。見知らぬ人間、特に怪しい存在は住民の注意を惹くに決まっている。
そして、ハロルドは注意をしていたけれど完璧に周囲に気を配れるわけではない。ある程度はアーロンのところにも来ていた。それを追い返す、もしくはなんらかの処理をする人間がいるということも知っているので気楽な発言ができる。
(コソコソやるよりも、一回囮にしてでも大捕物にした方が統制が取れそうな気もすっけど……)
ハロルドの話では、王がそれなりに必死に働いている様子であったし、王太子などは目の下にくっきり隈をこさえている。ルートヴィヒがあまりそういう様子が見られないのはおそらく年齢と第三王子という微妙な立ち位置からだろう。
最初と同じランクの馬車が使えないレベルでハロルドの価値が高まっているのは予想外だった。念の為、少しおちゃらけて身の回りの二人にも聞けば「ハロルドならば仕方がない」と眉を顰めていた。そのうちの一人が貴族のくせに最低ランクの馬車を乗り継いで、襲撃者を返り討ちにしながらここまで来るという奇行をしていることは考えないことにする。
アーロンからすれば、ハロルドはちょっとばかり真面目で家族や友人を大事にする普通の男だ。顔は良いけれど、「うわ、顔がいいな」くらいにしか思わない。けれど、世の中には笑顔を見た瞬間ぶっ倒れるくせに、自分だけのものにしたいと手を伸ばす者もいるらしい。
バカバカしい、とは思うものの笛で駆けつけてくれた派遣された国の護衛を見ていると笑い事ではない。
「ハル、引き渡してきたし行こうぜ」
ニカっと笑うアーロンにハロルドは問いかけた。
「何だった?」
「ああ、不審者がお前の笑顔に当てられて気絶してただけだった」
「何それ」
眉を顰めた後、少しばかりの心当たりに溜息を吐いた。
王都に出てから、稀に自分を閉じ込めてでも独占しようとする厄介な人種がいることを彼も知っていた。きっとそのうちの一人だろうと思ったのだろう。
「また報告入れておかないとな。こんなところまで来るなんて思わなかった」
「お嬢様って暇なのか?」
「あ、違うよ」
ハロルドとアーロンに追い打ちをかけるように、ブライトは元気に告げた。
「忙しくさせると厄介なバカが、暇なんだよ」
笑顔のまま、「どこのどいつかは知らないけど、バカを暇にさせると余計に厄介なんだから、対処できない時点で当主も無能だろうねぇ」と言う。
貴族としてのあれこれを習える段階になったため、学園で教えてもらっているとは聞いていたが、言葉の切れ味が増していてべしょべしょに泣いていた頃が少し懐かしく思えた。
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