31.妖精さんはお花がお好き
妖精たちは赤がローズ、青がネモフィラ、黄がリリィと名乗った。緑の妖精は今でも緑の手を持つ女性と一緒にいるらしい。
花の名前を持つ三人の妖精は嬉しそうに水晶花の周囲を飛び回っていた。
一方でハロルドは、「昨日どうやって回復薬を撒いていたんだ?」と聞かれて、期限が近い回復薬を適当にばら撒いた。
本当に雑だった。
「これで土を触ったら何となく、魔力が染み渡ってる感じがすると思います」
「別の場所と比べると確かに感覚が違う」
エドワード・ラピスラズリ。
ラピスラズリ侯爵家の嫡男である彼は、王太子アンリの側近である。
藍色の髪に、星が散ったような金色が混じる青い瞳、冷たい印象を与える整った顔立ちの青年だ。
彼もまた、目の下にくっきりと隈ができている。
(ここにいる人たち、大概目の下真っ黒だけど大丈夫か?)
いくら現在の自分より歳が上とはいえ、前世の自分よりは若い。そんな彼らが、目の下に濃い隈を作ってまで頑張って働いている様子は少し可哀想に思う。
国のため。立場、身分的にはきっとそうなのだろう。けれど、身体を壊してしまうのはいただけない。
「ありがとうございます。愛し子様のおかげで、ようやくこの地を再生する手がかりが掴めました」
「それは、はい。よかったです」
正直に言うのであれば、“愛し子様”とかいう呼び方は好きではない。だが、訂正しても大体、なぜか尊い人という扱いは変わらない。すごいのは女神であって自分でないことをハロルドは知っている。
敬われるほどのことをしていないし、彼は時折向けられる悪感情にも気づいている。困惑はしているが、その大半の理由が他の加護を持つ人間による蛮行らしいので、偏見の目を向けられることは仕方がないとは思っている。
(まぁ、意味もなく持ち上げられたら調子に乗っちゃうのは仕方がないかもな)
ハロルドはたまたまそういうタイプではなかったけれど、褒められて持ち上げられて調子に乗っていく人間なんてザラにいる。そして、急に権力を握れば溺れる人間もいるだろう。
きっと、神だけが悪いわけではないだろうし、加護を得た人だけが悪いわけでもないだろう。
「ハル!アタシたちのお花にもそれかけて」
「早く咲かせたい」
「いいでしょぉ〜?ねぇ、ねぇ〜」
キラキラと輝く瞳に、「ダメだよ。今ので使っていいのは終わり」と苦笑混じりの声をかけた。
むくれる妖精たちだけれど、初級の回復薬とはいっても、それはボタンひとつですぐに完成するような代物ではないのだ。ただでさえ、この妖精たちと出会って、その言葉の検証をさせてほしいと願われたせいで出発の日を1日ずらしている。新しく作っている時間は作れない。
「村に帰ってからだったら、時間がある時に作るから」
「ホントね!?」
「約束」
「破ったら怒っちゃうんだから!!」
くるくると表情の変わる妖精たちは愛らしい。
ただ、ここから帰るまで10日はかかると聞いているハロルドは「我慢できるのかなぁ、この子たち」と思ったけれど。
「早く帰りたい」
ふ、と感情が消えたような表情を見せた少年を見て、エドワードは少しの困惑を見せた。
彼の見てきた神の関係者はウィリアム以外、それはもう贅沢が好きだったし、傲慢で周囲を力で押さえつけてきた。
報告ではハロルドたちの住んでいる村にはろくに娯楽がなく、緑豊かなだけのど田舎だと聞いている。そして、裕福と呼ばれる生まれでもなかった。
(彼はそれでもずっと、帰る、と主張しているな)
特別扱いをされる度に諦めたような、疲れたような様子に見えたのはやはり見間違えではなかったのだろう。
そう思い直したエドワードは少しだけ考えた後に「ハロルド殿」とその名で彼を呼んだ。
「なんですか?」
「神の名は、あなたにとってどういうものか聞いても?」
その言葉に少し呆気に取られた後、ハロルドは正直に「とある神の被害をなんとか少なくしてくれるもの?」と言って首を傾げた。
「なんか、生まれつき巻き込まれていて、その皺寄せが俺……私にきているらしく」
その言葉に納得するものがあったのか、エドワードは気の毒そうにハロルドを見た。女神から加護を得るほどにそれは酷かったのだろう。かつての仲間と同じように。
彼は、ハロルドが最初に普通にして欲しいと願った通りにすることにした。特別扱いを受けたくないと願う少年に、このままの対応をする方が嫌がらせのようだと考えた。
結果的に、少しだけ仲良くなった青年は困った時のためにと自分の連絡先とそれが届くように、専用の便箋を渡した。
「望まないかもしれないが、コネは持っていた方がいい。人の世界でしか解決できない問題もあるからね」
確かに、と意外に話の通じる方だったエドワードからそれを受け取って、彼は帰宅の準備をした。
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