25.暗躍
厚い雲が空を覆う夜、首領を見捨てた数名の盗賊たちが森を走る。
攻めてきたジェイド子爵家から逃げようとすれば自然に向かう先はアンバー男爵領となっていた。
豊かになりつつあるという土地で、金を奪いながら再起のために資金を集めればいい。
男たちは浅はかにもそう考えていた。
そこに何があるのか知らないで。
誰がいるのかも知らないで。
普通の、前にあった情報のままの土地だと信じて走る。
男たちにとって幸か不幸か、雲が月と星を覆い隠し、光はない。見つからないためにと松明を持ってもいない。
トルマリン子爵領と違って魔物も少ない様子であったから、男たちはそうやって己の目だけを頼りに森の中を走り抜けようとした。
しかし、先頭の男が泥に足を取られたことを契機に周囲がおかしなことに気がついた。
同じところをずっと回っている。
そんなはずはない。真っ直ぐに走っている。特に道を曲がってもいないはずだ。
男たちはそう思うけれど、再び走り出した彼らは、同じような泥の感覚を覚えて魔法の火を手のひらの上に作る。微かに転んだ跡が残る地面を見て、引き攣ったような悲鳴を発する者もいた。
「あぁら?意外と賢いのねぇ?」
蜂蜜に毒を溶かしたような、甘く、そして危険さを感じさせる声音。
それが男たちの耳に届いた頃、雲は流れて月の姿が出る。
男の目の前に現れたのは美しい黄色の髪と、光る目だった。喪服を思わせる黒く艶やかなドレスがよく似合っている十六、七歳と思わしき美少女がそこに佇んでいた。
違法に奴隷の売買を行っていた彼らでも、その美しさに対して感じるのは恐怖。
今までこれほどの美しい少女を見れば、フィアンマ帝国に連れて行けばどれほどの高値で売れるだろうか、などという下衆なことが真っ先に頭に浮かんだだろう。
だが、そんなことも考えられぬほど、ただただ恐ろしい。
「でもぉ、あの子の敵はさっさと滅ぼしておくに限るわよねぇ?」
ゆっくりと少女が手を伸ばすと、それに合わせて土が男たちを拘束する。
そんな彼女を狙ってか、黒いものが現れるが、彼女にぶつかる前に消滅する。そして、次の瞬間には悲鳴が響いた。
「危ないぞ、リリィ姉君」
「ルアがいるから平気だもぉん」
少女……リリィは長い髪を手で払うと、獲物が落とした手紙を拾い上げた。
「ほぉら、やっぱりハルに余計なことしそうだったじゃなぁい?」
ふん、と鼻を鳴らして面白くないという顔をする。「アンリの部屋にぶち込んじゃお〜」と呟いて、騒ぐ男のうち、一人の頭を固めた土で杭のように打ちつけた。
「……俺はまだあまり、字を読み解くのは得意ではないが、不快なことでも?」
「そうよ?ハルがなぁんにも知らないまま終わるのが一番だけど……どうなるかしらぁ」
リリィはルアに手紙を渡すと元の姿に戻る。
「その姿、ハルに見せなくていいのか?」
「さいきょーかわいいリリィちゃんの姿は、そう容易く見られるものじゃないのよぉ?」
大地と豊穣の女神フォルテが力を増した影響で、ハロルドの持つ土の魔力も大きくなっている。休んだおかげでその力はハロルドに馴染んだのだろう。繋がりを持つリリィもまたその影響を受けていた。
あるいは、アルスの加護が増したことも影響しているのかもしれない。
昔ならば、もう少し手に入れた力を誇示したかもしれないが、今のリリィはハロルドに距離を置かれるようなことを望まない。
「秘密を持つのも、ミステリアスでいいんじゃなぁい?」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
一番怖いやつの力が増している……?ような……?
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