23.正しさはなく
月の美しい夜だった。
男は数名の女を侍らせ、ワインの入ったグラスを傾けている。
「バレないものだな」
ニンマリと笑う男は、今の己の行いがすでに漏れているだなんて思いもしない。
善良だった従兄弟を殺し、その娘と息子も処分できたと機嫌良さそうに酒を呑む。
思えば、これが自分の正しい立ち位置なのだ。
生まれるべきでなかった従兄弟、生まれるべきでなかった子どもたち。彼にとってのトルマリン子爵家は間違っていた。それを今、正しただけに過ぎない。
男はそう固く信じていた。
「これで俺の人生は元に戻った訳だ」
重ねた悪行も、男の中ではなかったことになっているらしい。
更に言えば、男には貴族として必要なスキルが欠落していた。
──そう、情報収集能力がなかった。
それがあれば、今更隣の領地まで巻き込んで民を痛めつけるようなことはできなかっただろうし、豊かになりつつある土地にならず者を送り込むようなことはしなかっただろう。
そこは、今、最も神に愛された少年が治める土地なのだから。
もし、トルマリン子爵領が今のアンバー領から離れていたところで、そう経たないうちに馬脚を表していただろう。それでももう少しは長く遊べたかもしれない。
「ま、あの子を敵に回したことも、自分の手下がへっぽこだったのも、自業自得ってことで」
青年の言葉と同時に、手元にあった魔道具に映っていたものが消えた。「自白いただき〜」と受信器であるものを閉じると、共にいた男が苦笑する。
「……人の良い男だったが、まさか使用人のせいで命を落とすとは」
「貴族には向かなかった。それだけですよ」
「それもそうですな」
男はほんの少し、憐憫が滲んだような溜息を吐く。
「娘さんがあなたの所に助けを求めたのは、こちらを巻き込むべきでないと知っていたからでしょうね」
青年……アシェルの言葉に、マシュー・ジェイドは苦笑を返した。
普段は王都にある植物園の管理をしている男であるが、トルマリン子爵領に隣接する子爵家の当主である。
「……我が妻が縁戚であるのも理由でしょうな」
トルマリン子爵令嬢と令息は逃げ延びている。
学園から帰った時の使用人の不自然さと、騒ぎが起こったタイミングから隠し扉を利用して弟だけを連れて逃げたのだ。
「死んだという偽装はあの馬鹿男に報酬を減らされるのは嫌だ、というならず者たちが令嬢の服を、令嬢によく似た体格の少女に着せて殺したもの。……この国では禁じられた犯罪奴隷以外の奴隷であったとか」
「フィアンマ帝国から流れて来ているようですな。……人身売買など、早く廃れてしまえばよいのだが」
美しい者ならばフィアンマ帝国へ売り飛ばせば金になる。
だから、この国でも没落貴族や破産した商家育ちの比較的美しい容姿の子を狙った拉致誘拐が起こっている。ハロルドを付け狙っていた犯罪組織の一部も、彼の美貌ならば大きな財産を築けると考えていたという情報が出ている。
不快な情報が飛び交って、二人は眉を顰めた。
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