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4.逃げると言うのならば




 翌朝、ハロルドが祖父母に連れられてミィナと共に住む家へと戻った。しかし、そこにミィナの姿はなかった。見ると机の上に何かの包み紙が置いてあった。家を出て行くまではなかったな、とそれを手に取ると同時にハロルドの纏う空気が変わって行く。孫が怒りを我慢しているような印象を受け、祖父であるユージンは「ハル」と愛称で話しかける。自分たちに対しては常に愛想の良い可愛い孫が無言で紙を渡してきて嫌な予感がした。



「あンの、クソ娘!!」



 紙には汚い字で「少し 家 はなえる」と書いてある。「離れる」と書けなかったのは彼女があまり文字を書けなかったからだろう。この辺りの領地では祖父母が若い時に平民が悪質な人間に騙されることが頻発して、そういったことが起こる確率が少しでも減るようにと、ある程度文字の勉強はさせてもらえる。一瞬、何が言いたいのかわからなかったメモのようなものだけれど、その意味をおそらく理解できた今のユージンの怒りは相当なものだった。

 ユージンだって妻と一緒にミィナを矯正しようと努力した。だというのに、ミィナは周囲の異性にチヤホヤされて同じような性格の男とくっつき、夫に逃げられたとさめざめ泣いて別の男を手玉に取る始末。ハロルドが真面目に言うことを聞いてくれることもあってか、娘に対する気持ちなどこれっぽっちも残らない所かこの文面で消し炭になった。


 その後に再びロナルドとその家族もやってきて話し合いが始まった。

 ハロルドは目眩を起こして倒れた祖母を介抱しつつ、ブチギレる祖父やら、いけしゃあしゃあと「誘われたから食っただけ」という幼馴染やら泡吹きそうなロナルド母やら真っ青な顔のロナルド父を見ていた。

 最終的にこのままこの村にいたのでは、ハロルドとペーターがあまりにも不憫だという結論になって、祖父母とハロルドは村を出ることになった。ミィナが帰ってきたら“好きにしていい(・・・・・・・)”なんて約束までしている。どうせ彼女は一人では何もできない人間だった。すでに売られている可能性もある。



(子ども捨てて逃げたんだったら、自分がそうなっても仕方ないよな)



 実際、ハロルドの祖父母がミィナを見捨てる判断をした理由はハロルドを捨てていったことだ。本人はそんなつもりはなかったなんて言うかもしれないが、気遣う言葉すら残されていない。

 更にいえば、ロナルドと一緒に立ち去る際にハロルドの頬を打っていたという目撃証言まで上がっている。


 ついでに、ロナルドはバチボコに怒られているが「俺、別に悪いことしてなくない?」と不思議そうな顔をしていた。倫理観と常識がどうなっているのか。



「だって、誘われたし、おばさん美人だったし、ああいうの興味あったし」


(この世界の12歳ってこんな感じなのか?)



 よく分からないままドン引きしていると、ロナルド母が悲鳴のような声で「稚児(やや)ができたらどうするつもりなの!?」と叫んでいた。ヘラヘラと笑っていたが、そういった行為は命を生み出すものでもある。そういうことを気にしないロナルドに対して更に距離を取りたくなった。


 村を出るまでには準備もあるのでそれなりに時間もかかる。それなのに、“子どもに手を出すような親の子には何をしてもいい”と思うのか、作物は荒らされ、罠もわざと壊されていた。家には石が投げ込まれるし、そんなハロルドたちを周囲は笑っていた。



(どこの世でも、私刑ってのは気持ちが良いものなのか?)



 何も文句は口に出さないハロルドだけれど怒っていないわけではない。「ここまでされる筋合いはないぞ」とも思っているが、それで今の状態が変わるとも、終わるとも思っていなかった。むしろ過激になる可能性が高い。そして、変に反抗すると痛い目を見るのは自分だということにも気がついている。



(俺も無駄にキレーな顔してるからなー)



 そう思いながらコソコソと秘密基地に行って育てていた薬草を根ごと収穫する。そもそもハロルドが見つけて、ハロルドが増やした薬草だ。ここに生えなくても奥地に行けば、運が良ければ見つかるもの。必死になって探せばいい。

 ここにある薬草は冒険者ギルドでそこそこに売れる。売れるということは必要とされているということだ。流通経路を明かしていないからこそ、付き纏いをしていたものもいる。小さい頃からあらゆる意味で狙われてきた身だ。隠れるのは得意だった。だから辛うじて隠してこれたし、それを回収できた。

 普通の鞄ではなく、異空間収納の方にそれらをしまう。そうでなくては鞄をひったくられて奪われる可能性も高かった。


 あまりに嫌がらせが酷いので、ハロルドたちは予定を前倒しして村をでた。冒険者ギルドで依頼を受けてくれる冒険者がいたのも幸いだった。



「坊主も気の毒にな」



 冒険者は珍しい魔物を求めて数ヶ月滞在をしていた他所の人間だった。その経歴は冒険者協会で管理されているため信頼ができる、とギルドの受付の青年がすすめてくれた。いつも真面目に薬草採取やら掃除なんかの仕事を消化しているハロルドは冒険者ギルドではそこそこ認められていた。ギルド内は村の外から来た人間の方が多いというのも理由だったかもしれない。



「まぁ、あの母親(ひと)のせいなので」



 見る限りではいつも穏やかで優しげな顔のハロルドが無の表情になっているのを見た冒険者は、引き攣ったような顔をした。村のことは元々好きではなかったが、追い出されたという事実に腹が立っていたせいもある。


 何にせよ、転生前に望んだような楽な生活はこれっぽっちもできておらず、今度こそもっと気楽に暮らしたいという思いでいっぱいだった。

いつも読んで頂き、ありがとうございます!


◯メモ

冒険者ギルド

この世界では冒険者協会の下部組織。

ギルド職員のほとんどは協会から派遣されている人たち。厳しい試験もある国家公務員だったりする。

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