27.過労系プリンス1
かつて王族が神の怒りをかった際、その土地には大いなる災いが起こった。
地にある作物は枯れ、水は干上がり、魔物が多量に発生した。
それを今では、この土地の名を取って「バリスサイトの悪夢」と呼ばれている。
その災いの影響は、今でもまだ完全に消えたわけではない。
災いが起こるまでのバリスサイトは豊かな農業生産地であった。天候による生産量の変動も少なく、国の穀物庫とも云える場所だった。
それ故に、ここに神罰が降り注いだ時王国は揺らぎ、王が交代する騒ぎにまでなったことは記憶に新しい。もし、この土地に偶然逃げ込んだ少女が緑の手を持っていなければ、この土地だけで神罰が止まることはなかっただろう。
王国は死力を尽くしたけれど、この土地を治めていた貴族や住んでいた住民たちは、国が賢者を厚く遇することがなかったせいだと恨んでいる。「厚く遇していても、国が保たなかったっつーの!!」という現王の叫びなんて民が知るわけがないのだ。
結局、国の有する被害が少なく、実り多き土地へ異動になったその貴族と付いて行った民たちは今もそこで暮らしている。
そして、新たに王領となったこの地を呪い無き土地にするというのは王国の悲願であり、放っておくと反乱の危険もあるため王太子が度々ここに足を運んでいる。
「嘆願書に目を通すのが嫌になってきた」
過労からか少しくすんだ赤髪に深い緑の瞳、くっきりと目の下に隈を作った青年が呻くようにそう言うと、「最近はしょうもないものが多いですからね」と眼鏡をかけた青年が溜息混じりに答える。
ただでさえ、先の王の時代からぶっ続けでフォルツァートの厄介ごとに巻き込まれて国が荒れている。
何かが起こるたびに飛び回り、問題を処理して回る。そんな暮らしが続けば、王太子が疲れ果て、その側近もまた同じくなることも仕方のないことだった。
青年、王太子アンリ・シャルル・エーデルシュタインはそのせいで、婚約者にすら逃げられた。
そんなある日のこと、ついに妹たちも勇者に目をつけられたと手紙が届き泡を吹いて一回倒れた。ストレスが止まるところを知らない。
二人の妹のうち、嫌がった方の妹が側妃と一緒に避難してくると聞いて、こんな土地の方がマシだとされるのかと思った彼は悪くないし、報告を聞いているだけに「おれもそうおもう」と思ってしまったのも悪くない。
そうして無理をしながら国の仕事とこの土地の仕事を必死に捌いていれば、さらに胃を痛める報告と共に妹がやってきた。
「女神の加護持ちと、同行している?」
ふらついた彼を側近が支え、後ろにいたもう一人の侍従に「胃薬を!!」と叫ぶ。「今用意してる!!」とすぐに水と共に差し出された胃薬を見て、騎士は居心地悪そうな顔をした。
騎士たちはすでにハロルドたちに会っているが、「御者さんたちや馬の休憩終わったら、早めに出ていきますので」と申し訳なさそうに言う姿は普通の少年だった。彼等の反応の理由もわかるものの、「良い子だから安心してください……」という気持ちが強い。
「それで、要求は何だ」
「家に帰る準備ができるまでお世話になりたい、と仰っておりまして」
「一番良い部屋を……」
「いえ、緊張するので壊れものが少ない部屋をとのご希望です」
その言葉に唖然としながら、ゆっくりと椅子に座った。
「あのゴミとは言うことが違う」
「殿下」
「神の加護なき土地だ。別に構わんだろう」
勇者をゴミ扱いしながら、彼は準備を始める。
姿を整えて、侍従と共に妹たちを出迎えに向かった。
この王子様はお口が悪い