24.奇縁
一部の者は補習で学園に残ってはいるが、ハロルドたちはそれなりに優秀な成績で夏季休暇を迎えた。
すでに荷物は纏めていて、馬車の到着を待つだけだ。アーロンには内々に「休みが明けたら、国の用意した家に住むから荷物全部持って帰ってくれ」と頼んでいる。友人である自分に「俺を、一人にしないでくれ」と青い顔で言われた彼は、ハロルドが王都でそれなりに怖い思いをしていたのを知っているため、承諾した。弟妹がいるだけあって彼は面倒見が良かった。
御者に挨拶をして馬車に乗り込んだ。
基本的にハロルドは自分でできるところは自分でやるタイプだから、元々出ている国からの補助金に加えて追加料金を払っているが、本来ならふんぞり返って「リゾート地に滞在する。最高級の馬車を用意しろ。料金は全て国が賄え」なんて言ってもおかしくない身分だ。勇者や聖女がそういった態度をとっている。
ハロルドは「なんでか女神に気に入られてるだけの転生者だしなぁ」という自己認識であるが、そうでない人間の方が何故か多かったせいで加護持ち=わがままの方程式が成り立っており、手続き諸々をする人間からの好感度を稼いでいる。
「それにしても、良い馬車って中の椅子?クッション?からして違うんだな」
「馬車の基本額を払ってもらってなかったら一生乗る機会なかったかもな」
呑気にそんなことを言いながら、彼らは家に帰れば何をするかについて話し合っていた。馬車の揺れはあるけれど、まだ終わっていない課題に必要な勉強をしていた。宿の料金も払い込んであるので宿に泊まれる日などはそこで課題を進めた。
魔道具がある程度広まっている世界であるゆえに夜でも明かりがあるのがありがたい。魔石が安価に流通しているため、田舎でも火を灯して生活している者の方が少ない。
順調に旅を続けて一週間が過ぎようとしていた頃だった。目の前で馬車が襲われており、騎士らしき人たちが応戦していた。
「助けに行ってください」
ハロルドが御者と二人の護衛にそう言えば、彼らは頭を下げた。「かしこまりました」と告げて彼らは剣を抜いて走っていく。
アーロンはハロルド作の守護呪符を発動させて、馬車は白い光の膜に包まれた。
「ルートヴィヒ殿下の光魔法を見本にしたんだけど、緊急時でも上手く発動して良かった」
「余裕がある時と、実際の緊急時だと発動するかどうかって結構変わってくるもんな。つーか、あの人、絶対ただの御者じゃねぇなって思ってたんだけどめちゃくちゃ強くねぇ?」
こっそりと覗いた窓から見える御者&護衛の活躍に、アーロンはひゅう、と口笛を吹いた。
「多分、国が派遣した人だと思う。一応、帰る日とか乗る馬車を報告してきたから」
「加護持ちってよっぽどすげーんだな……」
「俺はよく知らなかったんだけど、加護持ちに何かあると、神様がガチギレするんだって」
「ああ……。バリスサイトの悪夢とか有名だよな」
”バリスサイトの悪夢“。
賢者の幽閉によって腹を立てたフォルツァートの神罰が初めに落ちた土地がバリスサイトである。枯れ果て、朽ちていく大地の恵み。その様子がまるで悪夢のようだった。教科書にすら記載されているその記述にドン引きする平民は割と多かった。
他にも何件か教科書に載るレベルの災厄がもたらされている。
音が静まって外を覗くと、御者と護衛と騎士に囲まれて美女と美少女が立っていた。不安そうに震えている二人は貴族……それも位が高い人たちだろうかとあたりをつける。
「お待たせいたしました」
「いえ、怪我をしている方にこれを。あとは向こうの馬車は無事ですか?」
「それなのですが……」
話していると、美女がハロルドたちの馬車に近づいてきた。
「女神フォルテ様の愛し子様にはお初にお目にかかります。わたくしはエヴァンジェリン・マーレ・エーデルシュタインにございます」
礼をとる美女の名前に聞き覚えのあったハロルドは顔を真っ青にした。後ろのアーロンもまた同じ顔色である。
その名は、彼らの友人、ルートヴィヒ・クローディス・エーデルシュタインの母の名であった。
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