22.求めるは特別
若干胸糞
ハロルドは深呼吸をすると、設置された的を見て掌を向けた。
教師からの合図が出た瞬間に課題通り、小さな火の玉を作り的に当てていく。
ハロルドの手から放たれた火を見て笑う者もいたが、教師はそれを冷めた目で一瞥し、「よろしい。戻りなさい」と告げた。礼をして戻れば、「あんなショボい魔法じゃな〜」と嗤う声がする。
(どういう意図の試験か説明受けてるはずなんだけど)
気にする様子が微塵も見られぬハロルドの後に呼ばれた生徒は、派手に大きな火の玉を飛ばして、「あれ?なにかやっちゃいました?」などと言っている。教師は慣れたようにその生徒の魔法の精度の欄に最低評価を書き入れた。
試験において重要なのは「的が壊れるだけの強さ」と「確実に的だけを壊すこと」である。周囲に危険性を与える魔法使いを減らすために入学が強制になっているのだ。それをわざわざ破壊に寄せているのは悪質だという判断だ。評価と心象が悪くなっても仕方がない。そして、それをわざわざ教えてやる人間などあまりいない。
それを上階から見つめる目があった。
光の加減で赤にも見える茶色い髪に緑の瞳。精悍な顔つきではあるが、その腕に掴まっている女の姿で台無しだ。
(相変わらず、顔の割に地味だな)
ハロルドを見つめる瞳にはどこか嘲りの色が見える。
少年の名はロナルド・アンモライト。
勇者というジョブスキルを持つことで姓を与えられた、ハロルドのかつての幼馴染である。ハロルドの母とやらかしたことで、彼は故郷であった村を捨てることになった過去を持つ。
容姿をひけらかして異性に寄生して生きる両親を持った割には。
その美貌を受け継いだ割には。
ハロルドという少年は堅実でそれを利用なんてしなかった。
「可哀想に。あの子はあんなに良い子なのに」
両親の言葉を思い出し、鼻で笑う。
──利用できるものを利用しないなんて、愚かじゃないか。
そんなことを思う。
思えば、前世の自分がそうだった。ロナルドは苦々しい記憶を思い出し、ハロルドから視線を外す。
ロナルドには前世の記憶がある。
大学生だった青年の、呆気ない人生の記憶だ。
前世の彼は、ある日突然突っ込んできた無人の車に轢かれて死に、そして神と出会った。
その神は、ロナルドに望みを叶えようと言った。その上、これからの人生を謳歌できるようにと加護を授けた。あるべき人生を奪われたのだから当然だと神は言った。
だから、どこにでもいる只人ではなく、唯一無二の“特別”を望んだのだ。
実際に、その効果は素晴らしいものだった。少なくとも、彼にとっては。
「綺麗な男の子でしたわね」
艶やかに笑う公爵家の令嬢の腰を引き寄せて、「浮気?」と問うと、彼女は顔を赤く染めて「一番素敵なのは勇者様に決まっているではありませんか」と答えた。
このイベリア・マラカイトが好色の気があることには気がついている。
だからこそ遊び相手として側に置いた。第三王子の婚約者だというのに、自分の欲に忠実すぎる彼女はすでに悪い意味で女を武器にしている。
そんなイベリアにしては、初心な反応に気をよくしてロナルドは口角を上げた。
しなだれかかるイベリアを見つめながら、そう言えばと思い出す。
自分の母と同じくらいの年齢にしては美しかった女のことを。
ハロルドの母は外見だけは美しい女だった。
村の異性に寄生して生活をしていた彼女は、ロナルドとの関係がバレると、流石に子どもに手を出す女には関わりたくないと一気に関係を切られた。ほとぼりが冷めるまでと逃げ出した彼女は、近くの町に辿り着く前に捕まって奴隷として売りに出された。
偶然に見つけた時にはかつての美しさは衰え、髪や肌はボロボロ。変な湿疹まで出ていた。
縋りついて来ようとしていたので汚らしくて蹴り飛ばしてしまったのは仕方がなかったと笑った。
所詮、ハロルドもその母も、自分のように神に選ばれた人間とは違うのだ。
鼻で笑って彼は視線を外し、興味を失ったように、寄ってきた数名の女生徒と一緒に教室から出て行った。
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