3.母性<欲
若干の胸糞表現有。
あとお食事時前後はちょっとお勧めできないです。
仕方なく荷物を持っていったロナルドの家では、彼の弟が「兄貴じゃないの!?」と頬を膨らませていた。そんな事を言われても押し付けてきたのは彼の兄である。苦笑をして、荷物を渡すと近くに自分の兄がいるはずだと思ったのか付いてきた。
ハロルドは厄介なことになったと思いつつも、普段通りに自分の仕事を完遂するのみだと歩き出した。貴族と呼ばれる存在の生活はわからないけれど、今の平民という身分の自分では働かなければその分生活が厳しくなる。母親が頼りにならない上に、祖父母にだって彼らの生活がある。ある程度大きくなっているのだから、あまり迷惑をかけるわけにもいかない。
村近くの狩場に仕掛けておいた罠は空振りで溜息を吐く。運が良ければ兎や小型の魔物が取れるのだが、今日は収穫は無しだ。仕方がないな、と立ち上がるとロナルドの弟であるペーターが「こんなとこに罠仕掛けるよりも狩に行く方が良いんじゃない?」と問いかけてきた。
「隠しておいた弓矢が無くなってて。まぁ、母さんだと思うけど」
「ふぅん。あの人、碌なことしねぇよなぁ」
他所の子にさえそんな事を言われている。そして、それに対して返す言葉もない。ミィナのせいでハロルドが肩身の狭い思いをしているというのはペーターにも分かっている。仕方ない。そんな負債を抱えた人間と関わりたいと思う人間はそう多くない。ハロルドでさえ実の親でなければ近寄らないと断言できる。一緒に暮らしているのだって「その方が祖父母の負担がマシだから」である。祖父母は「そんなことは気にするな」と彼を心配しているが、ハロルドは気がついている。自分が祖父母の家に居座れば不良債権系毒母もついてくる。今でさえ10歳のハロルドが家事のほとんどを担っているのだ。実家に戻ったら余計に何もしないに決まっている。
(これ、俺がハロルドでなければヤバい娘にヤバい息子できてじいちゃんとばあちゃんの手には負えなかっただろうな)
顔が綺麗であればそれだけで周囲に助けてもらえるとミィナはそう信じていた。だからハロルドが農作業や狩をしていると、その容貌が崩れることを危惧して止めるのだ。
あんなモンスターが二人になるとどうしようもないので、できればミィナにはもう妊娠してほしくないとハロルドは心からそう願っている。どうも自分の欲に弱い母親であるので神頼みでしかないが。
次に川に仕掛けた罠を見ると魚が入っていたことに安堵した。これで今日の食は得られたとホクホクである。
本当はその後も秘密裏に栽培しているそこそこ貴重な薬草を採取して冒険者ギルドに持っていったりだとかしたかったが、その場所がバレるとよくない。ただでさえ、ハロルドの作った農作物は盗まれやすいのだ。薬草はそれなりの値で売れるもの。それがバレたあかつきには、取り返しがつかないことになるだろう。
道中、きのこなども見かけたけれど、食用かどうかの目利きができるだなんて知られたら要らない仕事を任せられることは予想に難くない。女神から魔眼(鑑定)という大変便利なものをもらってはいるが、少なくともそれがバレるのは信頼できる後ろ盾ができた時でなければいけないとハロルドは考えている。下手をすればスキル持ちは高値で売られてしまう。ただでさえ、親から綺麗な顔を受け継いでしまっているのだ。自分の「商品」としての価値が高まればどんな目に遭う可能性があるかということは考慮して動かなくてはいけない。
どこか楽しそうに木の棒を振り回しながら歩くペーターが転けないように見つつ、村に戻る。ペーターを家に送る前に家に魚を置いていこうと扉に手をかけると、女の嬌声が聞こえた。どこか苦しそうな声にも聞こえたのか、ペーターが扉を開けようとしたのを咄嗟に止める。
「どうしたんだよ。なんかヤベー病気で苦しんでたら誰か呼ばないとじゃん」
「今はダメだ。先にペーターの家に行こう」
非常に嫌な予感がした。
消えた時に腕を組んでいたのは誰だったか、なんてハロルドはよく知っている。それに、そうでなくても子どもが見ていいような状況であるとは思えなかった。
無理矢理引きずって行こうとしたが、真っ青な顔のハロルドの隙をついてペーターはドアを開けてしまった。
途端に悲鳴が出る。
子どもの悲鳴が聞こえれば、大人が集まるのは自明の理であった。しかも、叫んでいるのは普段やんちゃではあるものの嘘をついたりはしないペーターで、その場所は村一番ヤバい地雷女の家である。
ハロルドは自分も吐き気を抑えながら、家の前で真っ青になってすでに吐いているペーターの背を摩る。家の扉は開け放されていて、親とその相手のあられも無い姿が村人の目に入っているけれど、ハロルドはミィナよりも目の前の幼い少年の心についた傷の方が心配だった。
家の中で事に及んでいたのはハロルドの想像通り、ミィナとロナルドだった。
ロナルドの両親とミィナの怒鳴り声&叫び声、村人から向けられる罪人の息子だという蔑みの目にハロルドは参っていた。救いはペーターが「ハロルドは止めてくれたのに入っちゃった」と証言してくれたことだろうか。
12歳の少年とやらかしていた母親を擁護する気持ちなど微塵もなかった。謝罪しない上に、周囲の異性に媚を売って懐柔しようとしているミィナを見るとハロルドも一旦落ち着いたはずのものが迫り上がってくる気がした。もう胃袋には何も入っていないというのが功を奏してか、胃の辺りを摩るだけにはなっている。母親のそんな姿を見たいだなんて誰も思わない。
賠償などの話にもなっているが、ミィナは自分は悪くないとヒステリックに叫ぶだけで話し合いにもならない。
結局、夜遅くまで話し合いは続いていたが、ハロルドはまだ子どもだからと祖父母の家に泊まらされることになった。祖父母もまた、「孫を一人で残すわけにはいかない」と一緒に帰ると言うと、ミィナだけと話し合っても無駄だと思ったのかその日はそこで解散となった。
眠いのに妙に目が冴えて眠れない夜を過ごしたハロルドたちに再度衝撃が走ったのはその次の朝のことである。
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