5.国を出た理由
翌日からアデニウムは来なくなった。
というよりは王城でガッチリ監視されているらしい。
「普通、王族が他国を訪れるとなればそれなりの手続きがいるものだからね。捕獲され、ラムルに確認を取るのは当然のことだ」
アイマンが疲れたようにそう言った。
そもそも、アイマンはアデニウムからも逃げてきた一面がある。
薬草やその他素材のためなら東奔西走なんのその。危険な場所にだってウキウキと飛び込むバーサーカーなのだから仕方がない。
「そういえばアデニウム殿下、しょっちゅう脱走している口ぶりですけど、ラムルって大丈夫なんですか?」
「良くも悪くも、政局に関係がない王子だからと不問にされているんだ。一応義姉が王太子の婚約者であったから、多少王家と関わりはあるが……狂ったように薬草や薬学に関する素材を集めに行くのはあの人だけだな」
「不問にした結果、他所に迷惑かけてるんじゃダメじゃね?」
「ジャファル王太子殿下曰く、『私にはどうしようもできない』とのことだ」
だから、せめて「こいつがやらかした時に少しでも国に影響がでませんように」と手紙を渡していた。
王太子が頭を抱えて、「無理」と言うレベルの異常者だった。かといって拘束もできない。薬学の研究のために走り回っているのは伊達ではない。少しくらいのそれならば自力で振り払っていってしまう。
「あと、あの方はアルス神の気配にだけ異常に敏感でな。神の匂いとか、輝き?などがわかるらしく……」
そのことでハロルドは「ああ、それで絡まれていたのか」と察せられた。
きっと、あの旅の後。ハロルドたちが消えたあとのアイマンはとても、とても大変であっただろう。
「アイマンさん、いなくなったら困るって言われてたけど、王太子の側近とかだったの?」
「いや、義姉が王太子の婚約者だったからな。政治的バランスを考えて外されてはいた。本人は諦めていなかったようだが」
「そもそも、義理のお姉さんってなにやって婚約者を外されたわけ?」
アーロンがそう問うと、アイマンが顔を引き攣らせた。
「別に話せねぇならいいけど」
「いや、構わない」
とても深い溜息を吐いた後、彼はポツポツと話し始めた。
ガマル侯爵家はラムル王国内でも有数の名家である。
その一人娘として生まれたのがアイマンの義姉、シャハールだ。
シャハールは非常に美しく、能力の高い女性だったが、一方で傲慢で自分よりも能力が少しでも劣る者、身分が下の者を見下す悪癖があった。
彼女はその身分と能力から王妃になるという野望を持ち、実際に王太子婚約者にまでなった。
しかし。
「そりゃ、自分が抱え込んで育ててきた者、推し進めた政策。平民のための社会保障なんかをまるっと無駄にされた、崩壊させられたら温厚な王太子殿下もブチギレる。俺だってそうする」
そう、彼女はやらかした。
優秀な頭脳、身体能力、魔力。何かに秀でた者を引き入れてゆっくり育てていたものをシャハールは全て無駄なものだと思った。だから、王太子に近づく身分が高くないもの、特に女性は酷い目にあっていた。
王太子ジャファルは気づいた際、激怒した。身分など関係なく、民は国の財産である。侯爵令嬢が害していい存在ではない。
そう怒った婚約者に、シャハールは不思議そうに「いいえ、わたくしは王妃になるのですもの。この程度、許されるに決まっているではありませんか」と返した。
ジャファルが浮気していて、その相手が害されたのであればまだ理解もできたが、そういうわけでもない。
あまりに危険な思想が強いと婚約を破棄されることになった。
「あのまま国にいると、あの私を見下し、振り回すことに長けた女と結婚させられそうだったからな。逃げるしかなかった」
しかも、血統至上主義な彼女は絶対にアイマンではなく、同じ侯爵家の三男である愛人の子を求めるだろう。アイマンに求められるのは仕事だけ。
これはまずいと国を出た。
そんな話を聞きながら、「どこにでもヤバい人間っているんだなぁ」とアーロンはしみじみと呟いた。
アイマンは愛娘がお家にいられて嬉しいお花畑状態の義父が正気に戻る前に脱走したのである。ヨカッタネ!




