19.目立ちたくないと思っていても
ハロルドは目立つ。
平民でありながら、ほとんどの貴族よりも美しい容貌を持つ少年。そんな彼を手に入れたいと願うものもそれなりにいた。近くにブライトやルートヴィヒがいるから何もできないだけだ。
ハロルドが食堂へと赴けば、彼から言質を取ってやろうとする獣のような目のご令嬢に出会すこともそれなりに多く、徐々に食堂を利用できない状態となっていった。
「なんか、ごめん」
「ハルのせいじゃねぇしな」
「そうだよ。ピクニックみたいで楽しい」
「雨の日はサロンを使えるしな」
最初こそ、「王族用のサロンを使うとか嘘だろ!?」と言っていた四人だが、二年上の第二王子が婚約者を冷遇して聖女とサロンに籠っているらしく「雨の日だけだからまだマシか。同性四人だし」ということで利用させてもらっている。第二王子と違ってルートヴィヒは王と学園長から許可を取って一筆書いてもらっているので、非難されても傷にはならない。王としても神の加護持ちに要らないことを吹き込まれるより、真面目な息子と遊んでてくれた方がマシであったりする。
「父もなぜか、ハロルドたちなら一緒でも構わないと言っているからな。煩わしければ今度はサロンに入ってしまおう」
(多分、それってフォルテ様の加護持ちだからだろうな)
要らないことをしない、ということだけでお世話になっているのも申し訳ないので、疲労を減らすポーションをお裾分けなどもしている。そのため、一瞬「賄賂になってるのか?」と思わなくもなかったが、その程度で優遇はされないだろうなと思い直す。
「でも、分かりやすく暴力と権力に弱いの面白いよな」
「最近、ご機嫌伺いに来る人も多いよ。今更、私からの評価なんて上がるはずがないのにね」
「ああ。そういえば僕も、家の使用人とかがビクビクしながら寄ってくるようになったよ。今更何言われても、助けてくれなかった人たちのことなんて信用できるわけないのにねぇ」
王子と伯爵子息の二人が笑顔で笑っているけれど、言っていることは不穏だ。
冷遇されていた人間にコソコソ近付く時点で「何か企んでいます」と宣言するようなものだ。そして、ブライトに関して言えば、そんな掌返しのせいで兄からの当たりが更にキツくなって面倒だったりする。
今のブライトであれば彼の持つスキルの影響で多くの場合に、身体的な害はなかったりする。しかし、使う金銭を減らされるのには多少困っている。今までは伯爵家の子息らしい装いだけはさせてもらえていたけれど、力を制御できているのであればむしろ才能はブライトの方が兄より上なのでは、などと言ってくる親族まで出てきてからはより目の敵にされるようになった。
「正直な話、このままあの女の家に入るかはわからないが、私はどこかに婿入りすることにはなると思う。媚を売っても仕方がないと思うのだけれどね」
「どうだろう。ルートヴィヒ殿下の場合、能力さえ示せれば爵位もらえそうな感じもするけど」
「それには何かしらの功績を立てる必要があるが……うん。まぁ、試してみてもいいかもしれない」
ハロルドの何気ない言葉で「あの女と別れられるならそれもありだな」と思いながらルートヴィヒは顔を上げた。
イベリア・マラカイトと結婚しようものならば、勇者の子を自分の子だと偽る可能性だってある。王家の血を謀られてはたまらない。実際、勇者にはすでに子がいるという噂もあった。
「僕も売られる前に除籍してもらわないとなぁ」
「売られるって誰に」
「なんか、どっかの未亡人とか行き遅れ令嬢に婿入りさせるって兄っぽいのが言っててさ。あの人たちが見つけてきた相手なんて良い人のワケないからねぇ」
「貴族コッワ」
鳥肌が出た腕を摩るアーロンに「まぁ、君たちと出会ってなかったら、こういうことも考えすらしなかったんだけどね」とブライトは苦笑した。
殺せないからと厄介払いの方法を考えている様子だけれど、ブライトがその気になれば全部を擲って逃げられるとまでは思っていないようだった。
ただでさえ、ベキリー伯爵家の内情は良くないという噂も出ている。
アーロンはチラリと友人の顔を見た。その表情は明るくはない。寮で友人は「このまま卒業したら囲われそうで怖いな」と呟いていた。こんなことを考えてはバチが当たるかもしれないが、友人のことを考えれば、それまでに少しでも顔の造形が変に育ってくれた方が平和な気がしている。
たまにハロルドがモテることを羨ましく思うことはあった。けれど今の状況を見ていれば「普通の面で良かった」としか思えない。
普通というのは、神からの一番のギフトかもしれない。アーロンはそう思いながらパンを口の中に放り込んだ。
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