26.悪意と傾く天秤
レスターは家に帰ると、男から渡されたものを見てニヤリと笑う。布に包まれ、その上から何かを封じるように古代語で何かが書かれた札がぐるぐるに巻いてある。
「ブライトぉ、いい気になるのも今のうちだ」
いい気になるも何も、ブライト本人は「兄上が要らないことさえしなかったら僕は!!貴族やめれたかもしんないのに!!ばか!!」と思っている。全然いい気ではない。
けれど、ブライトが上手く自分たちを貶めたとしか思えないレスターは、自分たちが虐げていたはずの彼を憎々しく思っていた。今の状況は全てが自業自得であり、策略によってやらされた事ではないというのに。
久しぶりにいい気分だった。
今は大掛かりに何かをする時ではないと、脳内でブレーキがかかる。幸い、ソレがこの国に訪れるまでには時間がある。
そんなことを考えながら、レスターは「あれ?」と思った。ソレとはなんだろう。そんなことが頭をよぎったけれど、そんな思考を塗りつぶすように弟への憎しみと、今の幸せをぶち壊してやれるという快楽が彼を支配した。
自分をコントロールすることもできなくなった男が、暗い部屋の中で歪な笑みを浮かべていた。
彼の頭の中には、もう忌々しい弟たちと元婚約者を害して、愛しい女と成り上がる未来が組み立てられていた。
水鏡を見ながら長い黒髪の女神は溜息を吐く。紫水の瞳が忌々しげに細められた。扇を広げて口元を隠し、溜息を吐く姿は艶めかしくもある。
「海の国……あの忌々しき愚か者たちは神罰の意味すら考えないのね」
フォルテの甘さもあるだろう、とは思った。けれど、自分の夫のように暴れ回る存在でないだけマシだ。そんなことを考えながら手元で音を鳴らしながら扇を閉じた。所作に苛立ちが感じられる。
「龍神の血筋も、もうほとんど外に流れて現在の王族は簒奪者に過ぎない。唯一のそれは……まぁ、あの子の近くに在るのね?」
途端に愉快そうな顔になる。
天秤の女神ユースティアは少しだけ思案して、苦労性の可愛い我が子に肩入れすることにした。既に善悪の天秤は傾いている。向けられる悪意は一方的で相応ではない。
——いつまでも自らを顧みぬのであれば、滅びも致し方ありませんわね?
ユースティアは少女のような愛らしい笑みを浮かべてそう呟く。そして我が子と等しき神子の夢に出向く準備を始めた。
「ああ、そうだわ。初めて会うのですもの、とびっきりおしゃれをしていかなければ。ふふ、あの方ってば少しくらい嫉妬してくださるかしら?」
ユースティアは怖いかみさまなので、ハロルドには頑張ってもろて……




