25.予定外
レスターはこんなはずではなかった、と苛立ちながら親指の爪を噛んだ。
腹の立つ生意気な婚約者とその家族を蹴落とせば、可愛い愛人が子爵令嬢になり、正式に婚姻を結べると本気で思っていた。
それが、なぜか伯爵家は降格し、愛人の名誉は地に落ちた。その実家は商会を営む富豪であったのに、愛人の擁護をせずに追い出す準備を進めているという。
(何一つ、うまくいかない!あのグズは上手く王族に取り入り、どっかの家に養子に入った。俺は嫡子から外されて、あの妹に家だって奪われたっていうのに!!)
サティアはなんとかしてくれと泣きついてきたけれど、そんな余裕はない。いつも自分の代わりに働かせていたエトナとの婚約は破棄されて、慰謝料を請求されている。
薄暗い酒場で一気に酒を呷る。
少し金を握らせれば、家などいくらでも抜け出せた。両親はずっと喧嘩をしていて気付きもしないだろう。ずっとレスターを「完璧で可愛い子」と言ってきたというのに、今になって両親は「おまえのせいで!!」と彼を罵り、最終的に互いの教育のせいだと罵り合う。妹はその横でいつも「自分が一番可哀想」だとでもいうようにさめざめと泣いていた。
「クソ、あの化け物のせいで全部めちゃくちゃだ!!」
全部、全部、弟のせいなのだとレスターは苛立ちを手に持った木のジョッキにぶつけた。机にぶつかり、中の麦酒が溢れる。
そんな彼に近づく影があった。黒いマントを羽織り、その顔は深く被ったフードでよく見えない。
「なんだ、貴様!」
「いやね、憎い人に復讐をしたくはないか?」
「したいに決まっている!!だが、あの化け物は妙に頑丈で、毒でも死にやしねぇ……」
「では、これでなら?」
ニタリ、と見えた口元がいやらしく笑みを作っている。
その男は、彼に見せた『モノ』の生態を小さな声で告げる。少し躊躇するレスターに、魔力を乗せた声で「これで君は全てを取り戻せる」と甘く囁いた。その瞳にうっすらと紋様が刻まれる。
やがて、千鳥足で出て行ったレスターの後ろ姿を男は見送った。
「さて、騒ぎを起こしてもらった隙に……。ふふ、我が国のために必要なものを頂かないと」
この国に、数名の強い加護持ちがいることを男は知っていた。男の国はもう春だというのに国の周囲を雪に覆われて、脱出すら難しい状態になっていた。植物はうまく実らず、怠惰な国民は多くが動けない。
神の加護を持つものを攫って帰れば、少なくともそれに加護を与えている神は、慈悲を与えてくれるだろう。男はそう考えていた。
「ユリウスの報告では、美しい黄金色の少年だとか?」
捕まえるのが楽しみだ、と蛇のように長い舌が唇を撫でた。
ああああああ抜けてたぁ!?!?




