24.エトナの婚約
エトナは憤慨していた。
ベキリー家がひどい状態になっていることや、レスターが元婚約者になったことはどうでもいい。むしろ、「ザマァみろ!」といった心境だ。従姉妹とその父親が破滅まっしぐらなのも同じだ。
だけど、今度も勝手に、顔合わせすらなしで新しい婚約者を当てがわれるなんてあんまりだ。
「しかも、あのレスターの弟ですって!?」
自分に対する横柄な態度は、許せはしないけれど、呑み込める。けれど、彼らが弟を利用したことを許せない。彼女は父親に何度も何度も抗議をした。けれど、あんな男が相手でも、世間でエトナは傷物令嬢と呼ばれ、格下の家からも嘲笑されている状況だった。よって、新しく送られてくる釣り書きだって碌なものはない。それらに比べればはるかにマシなのだと疲弊したような表情で言われ、母親は隣で静かに泣くのだ。兄は何をしているのかあまり家に帰ってこない。弟は現在、「天啓が降りたんです!!」と部屋に篭って出てこない。元々相談できる相手でもないけれど。
発散することのできない怒りと不安。彼女がそれを抱えるのは仕方のない話だっただろう。
数日後、忙しくしていた兄が可愛らしい少年を連れて帰ってきた。背はあまり高くない。紺青の髪にレディッシュピンクの瞳が印象的だ。せっかくの愛らしい顔立ちは機嫌が悪そうな表情で台無しだった。
「エトナ、おまえの婚約者を連れて帰って来たよ」
随分と久しぶりに会った気がする兄は、微笑みすら浮かべて少年を前に押し出した。溜息を吐いて、その瞳がエトナを映す。
「ブライト・ガーネットです。はじめまして」
「はじめまして、ガーネット伯爵令息。わたくしはエトナ・オパルスです」
その礼に応じてカーテシーをすると、「多分、僕との婚約はめちゃくちゃ嫌だと思うけどよろしく」と溜息交じりで言われる。顔を上げると、ブライトは呆れたような顔でローウェルを見ていた。
「嫌だと思うほど、あなたのことを存じ上げてはおりませんわ」
「ホントにぃ〜?兄上たちから色々吹き込まれていそうなものだけど」
「あら、あの方々の言う事を簡単に信じられるとでも?」
「それはそう」
話してみるとブライトはレスターよりもよほど話しやすかった。多少生意気なことを言ってもさらりと流されるのは余裕があるからなのだろうか。
そんなことを思っていると、婚約にあたっての条件を提示される。やはり裏があるのか、とうんざりした。
「まず、僕はそもそもの話ね、優先順位がもうある程度決まっちゃってるんだ。一番にハロルドくん、二番にルイとアーロンくん、君はその次になるかな。それで、その他はランキング外。これは変えられない」
「婚約者にそんなことをおっしゃるのはデリカシーがないのではなくって?」
「でも、言っておかないと詐欺みたいだろ?僕は僕を人たらしめてくれた人たちが好きだよ。彼らはきっと望まないし、こんなこと言う僕のこと、怒ると思う。でももし君を愛したとしてもこれはきっと変わらない」
その言葉に、「あら」と首を傾げる。エトナはてっきり「君を愛せない」などと流行りの小説のようなことを言われるのだと思っていた。
「だから優先順位については心に留めておいて。次に、なんか学業について子爵とかローウェルさんから詰められたけど、好きに学べばいいと思う。仕事したいって言うならそれもいいんじゃない?」
レスターは自分の手伝いをさせながら、エトナが優秀な成績を取ることが許せない様子だった。いつも落第スレスレで、それだってエトナの助けがなければ留年していただろう。年下の学生証で上のクラスに潜り込めると思う程度に常識知らずで阿呆なのだ。
それを勝手にしろ、気にしないと全く逆のことを言われている。しかも密かに文官試験を受けたいと思っていたのも聞いているようだ。
「えーっと、他はなんだっけ?ああ、なんか嫌がらせとかいじめに対しては然るべき処置を取ってほしい。舐められたら終わりでしょ?僕だけならともかくルイごと侮られるのは勘弁してほしいんだよねぇ。力が必要なら叩き潰す当てはあるから言ってほしいな」
「側近ですものね」
「そう〜!あと正式に婚約したら重要な機密も知らされることになるから覚悟しておいてね。最後に……僕は君を愛せるかわかんないけど、大切にはするつもり(ハロルドくんに怒られそうだし)。僕は他人に基本的に興味ないから言ってくれなきゃわかんないし、察しも悪いから不満は直接伝えてもらったほうがいいかな」
エトナは少し考え込んだ。
マシだ。そう、レスターよりもはるかにマシだ。
本当に同じ国に生まれたのかと思うほど話の通じない、わがまま男と同じ血縁のはずなのにそれなりに歩み寄りを感じる。
歩み寄りするだけで評価が上がる程度にはレスターがダメ男だったし、ブライトはハロルドたちに調教されていた。
優先順位云々言ってはいたし、これは確実に本音だけれど、この様子であれば近衛騎士の家に嫁ぐ友人が求められていた条件とそう変わりはないだろう。近衛騎士は一番に王なのが彼の場合は、彼を救った友人であるというだけだ。親よりも歳の離れた男の後妻や家庭内暴力で前妻を殺したという噂のある放蕩息子の妻になることを思えば呑み込める。
エトナは婚約を決めた。
後日、例の「ハロルドくん」が神様と精霊と妖精に愛された奇跡の美少年であることを知ってひっくり返ることになるのは別の話である。
ブライト「どれだけやらかしてたの、あの人たち」
たっくさんだよ。




