19.クレーマー
ルートヴィヒとブライトによる思惑で、たくさんの人々がドタバタしている中、午前を平和に過ごしたハロルドたちは校舎裏でのんびりと昼食を広げていた。エリザベータとペーターも参加して場の空気は和やかである。
ぴと……っとハロルドにくっついて、あーんなるものをしようとしたエリザベータだったが、流石に止められた。なお、「そういうのは、二人きりの時。……ね?」で陥落しているのでエリザベータも不機嫌さはない。しれっと普通に昼食モードになっているハロルドに男の子三人組は恐れ慄いていた。
(転がしてる……)
(姉上……)
(さすがハロルド!)
好きにさせておけばおとなしい(と、ハロルドは思っている)エリザベータ。婚約者であることもあいまって、多少引っ付かれようが、構われようがあまり気にしていなかった。「この人も可愛いところあるんだな」くらいの気持ちである。二人の心の温度差は結構あったりする。
呑気にランチタイムを楽しんでいた彼らだが、存在を主張するかのような足音が聞こえて「ここに人が来るのは珍しいな」とアーロンが呟いた。
「ルクス、念のためお願い」
「わかりました」
ハロルドから頼まれたルクスは結界を張る。これでよしとばかりに、サンドイッチを手に取った。すると、思い切り結界に反応が現れた。ハロルドはそちらに目を向けたけれど、ミハイルは厚焼き卵のサンドイッチに夢中になっている。アーロンは魔法が反射して若干焦げている犯人を見ながら「ハル、アイツ無事に済むと思うか?」と問いかけた。
「自滅だし、なんとも。というか、結構わかりやすく結界張ってたのにねぇ」
「自分の魔力の高さを過信して、これならば壊せると思ったのでしょうね。相手との力量の差もわからなかった愚か者なんて忘れてしまってもよろしくってよ」
そんなことを言うエリザベータだけれど、ハロルドと一緒にいられる時間を邪魔されたことには腹を立てているのか、眼光は鋭い。ペーターは黙っているが、それが底知れない感情を思わせる。目のハイライトがよく消える幼馴染に、ハロルドはやっぱり頭が痛かった。彼には見舞われた不幸の分、もう少し優しい世界で生きて欲しいと思っている。
「ぐ……結界の内に籠る卑怯者ぉ!!貴様等だろう、あの愚弟と協力して我が家を陥れたのは!!」
「いや、何ですかそれ。恐……」
素直な感想だった。
しかも、陥れるも何も嬉々として不正資料を敵対している家や国に持ち込んで攻撃されるよう仕向けた存在がいるだけである。普通に不正をしていた彼の家が悪い。
「もしかして、ブライトたちが休みなのってこれのせいか?説明してからやって欲しいよなー。心配するじゃねぇか」
「バレたくない相手でもいたんじゃないかな」
目の前にいるレスターを見ながら優雅に結界の内側で過ごしていると、彼は地団駄を踏みながら、「クソ!どうしてルビー侯爵令嬢が下賤なそんな平民たちと」と言った瞬間だった。局所的な黒い雲が頭上に現れる。エリザベータは「あら、虫が何か言っていてよ」とブリザードでも吹き荒れているような冷気を発していた。遠くでゴロゴロと雷の音がする。それに溜息を吐きながら、「エリザ、待って」と止める。
不服そうなエリザベータを抱き寄せて、顎を掴んで自分の方へと顔を向ける。「エリィ、俺以外を見る必要はある?」とその目を見つめて言えば、雷は収まった。
「さて、みんな。撤収」
これ以上、レスターの相手をしてエリザベータの怒りを増やしたくはない。おそらくこの段階で、冷静になった瞬間デストロイモードに入る。今はハロルドに迫られて混乱しているだけだ。
リリィに合図をすると、「俺たちは何にもやってねぇ!!お前らから殿下に伝えろ!!」と怒鳴っているレスターが地中に埋まった。リリィはお茶目(物騒)なので鼻まで埋められている。やり過ぎだとは思ったけれど、ここまでやればハロルドが去った後に王家の影たちが全て片付けてくれるだろう。
美少年モードにてエリザベータを教室まで送り届けたあと、ハロルドは自分を見つめる妖精たちの目に気がついた。
「家に帰ったら、お茶会にでもしようか?」
瞬間、花開くような笑顔を見せる。
そんな妖精たちを見ながら、異空間収納に突っ込んでいるお菓子の在庫を頭の中で整理する。
「ハロルド、なんか大変だね」
「それでもハル曰く、これくらいで平穏ならヨシ、らしいぞ」
「平穏って難しいですね」
ペーターはちょっとだけ、「これ本当に平穏なのかなぁ」と思った。
前にペーターがいた環境に比べたら平穏だと思う。
ちなみにハロルドは「エリザ」と「エリィ」を使い分けて転がしてるので今回のこれは間違いじゃないです。




