15.獲物を間違えた
霧に包まれ、気がつけば消えていた少年たち。それが気に入らないと少女は足元にあった小石を蹴飛ばした。
従姉妹から奪った男よりも格段に美しい少年だった。年はきっと自分と変わらないくらいだろう。
(そういえば、一つ下の学年に奇跡みたいな美少年がいるって噂があったわね)
そんなことを考えながら舌舐めずりをする。将来伯爵になるだろう今の恋人を袖にしてでも手に入れたい。それほどに価値のあるトロフィーを見つけた。
美形ではあるが真面目なばかりで己を相手にしない従兄弟よりも、顔は良く爵位もあるが愚かで女に弱い男よりも、アレは極上だと一目で感じた。
少女はサティアという。父がオパルス子爵の弟で、母は大商会の娘だ。金に不自由したことはないが、爵位がないだけで美しい自分が平凡な見た目の従姉妹より下であることが気に食わなかった。
「絶対に、手に入れるわ。できれば愛人にしたいけれど……。あの子の後ろにいたのって従者っぽいわよね?」
であれば、鞍替えをしてもそこまで損はしないだろうか、とサティアは楽しげに目を細めた。
そんな様子を遠くより見ていたエリザベータは「愚かなこと」と呟いた。
たかだか平民が、現在侯爵令嬢である己の婚約者に手を出そうというのだ。であれば、正々堂々と打ち払えるというものだ。
「ハルは穏便な方法を好むのよね……一発で仕留めてしまった方が楽だと思うのだけれど」
憂鬱そうに口に出した義娘に、フィオナ・ルビー侯爵夫人は「あらあら」と頰に手を当てて、「エリザちゃん、ダメよ?」と微笑んだ。そんな妻を見ながら、オーウェン・ルビー侯爵はうんうんと頷いていると、妻が続ける。
「やるなら徹底的に。あんな廃棄物を外出させる家から潰してあげないと」
穏やかに、こともなげに言われたその言葉に、オーウェンは頷きかけて首を傾げた。
「侯爵家ですもの。あまり家の格を落とすようなやり方はいけないわ。わたくしたちの戦場で、わたくしたちらしく、あちらの望み通りに破滅を用意して差し上げなければ」
「勉強になりますわ」
何か不穏な言葉が飛び交っているが、権謀術数を弄する貴族の多い社交界で、貴族の中心になっている一人である妻を信頼している。過激なところがある義娘がそこでうまく立ち回るためのやり方を教える良い教材にするだろう、とオーウェンはカップに口をつける。
「それにしても、あの子も外見が整っているばかりに要らぬ厄介ごとを拾って……不憫な」
「本人の中身は真面目でいささか小心者、といった印象ですが」
「間違ってはおらんよ。努力して優秀になって、結果として静かに暮らせない……やはり、少しばかり穏やかに暮らせるように、手配して差し上げなければな」
オーウェンは楽しく会話をしている妻たちを見ながら、執事から便箋とインク、ペンを受け取った。妻たちが楽しく暴れ回るためにも、未来の義息子のためにも根回しというのは重要だ。
(ベキリー家からあのブライトという少年を引き剥がす頃合いでもあるか)
本人は貴族であることを望まない様子であったが、彼が権力を手にすることは、ハロルドの周囲を強固にすることにも繋がる。
犠牲といえば犠牲なのかもしれないし、友人が望まぬ未来に進むことをハロルドは望まないだろう。
(だが、ハロルド・アンバーのためならば彼はいくらでも苦境に飛び込むだろう)
結果の一つとして、あり得る未来を想像しながら、王家に宛てた手紙とは違う、もう一通の手紙へと取り掛かった。
オーウェンも割と虎の尾を踏んでる




