13.宗教画フラグ
ローウェル・オパルスは領地に数日行っていただけで与えられた家族への愚行に苛立っていた。
少し調べれば叔父夫婦のやった悪事や、その娘であるサティアが妹の婚約者を誑かしたことなんて容易にわかった。そして、レスター・ベキリーを筆頭としたベキリー伯爵家の愚かさも。
次男を化け物と呼んで迫害し、馬鹿な長男を甘やかしている時点でもう矯正など諦めるべきだったのだ。何度も父には進言していたローウェルであったが、ベキリー前伯爵の人望と能力、そして彼らの母方の祖父ガーネット伯爵を知っていたオパルス子爵は諦めきれなかったようだ。結果として、妹はすでに同年代の貴族子女に侮られているし、弟も傷ついている。これ以上は、と彼は来年に学園を卒業すると同時に父を引き摺り下ろす算段をつけ始めた。両親の善良さと真面目さのおかげで家は揺るがない。けれど、その善良さが大事な妹弟を傷つけているのは許せなかった。そして、愚か者の手の者が家の中にまで及んでいたことは彼の怒りをさらに煽った。
たまたま、ウルクはハロルド・アンバーという比較的善良な少年に発見されたが、土に汚れた服を見るに、どんな目に遭っていたかを考えると心が痛い。
(それにしてもウルクはなぜ、アンバー男爵の周囲を嬉しそうに見ているんだ)
ローウェルは少しだけ不思議に思ったが、ウルクの持つスキル故であろうと気にしないことにした。
ウルクもまた、魔眼を持つ人間だった。『審美眼』と呼ばれるそれのおかげで、彼には姿を隠す魔法や認識を歪ませる魔法が通じなかった。つまり、ハロルドの人間離れした美貌も、その周囲で楽しそうにしている妖精たちもばっちり彼に見られていたのである。
(すごい!ピエールの描いた絵でもあまり見ないくらい、綺麗だ!!)
キラキラした瞳はハロルドと妖精たちを見ながら、描きたい絵の構想を固めつつあった。それが一種の宗教画のようなものになりそうだなんてウルクにしかわからない。何せ、彼の脳内にしかないのだから。
「弟が世話になったようだ。ありがとう。使用人についてもこちらで対処しよう……ああ、我々を甘く見たことを後悔させねばな」
黄色い瞳が細められ、口元に浮かんだ笑みは何かを企んでいる様子だった。
ハロルドはそれを見ながら、「やっぱ怒らせちゃダメな人っているよなぁ」とのんびりと考える。それと同時に、現在のベキリー家周りのことを踏まえて、今実家問題を解決しないと友人のブライトにもその手が及びそうなことに気がついた。
「いえ、流石に放ってはおけませんでしたので」
そんなことはおくびにも出さず、ハロルドはにこやかにそう返す。あくまでもハロルドは彼の妹の、婚約者の、弟の、友人。そんな微妙な立ち位置である上に、ブライトはそもそも家族とは疎遠である。そこまで深く関わり合いになることはないと考えた。
「何か礼をしなければならないな。私に叶えられる範囲で、望むことはあるだろうか」
ローウェルは何かを試すような目でそう問う。
ハロルドは正直なところ、報酬系の話を振られるのが面倒だった。自分を試すように、そう問われることに飽いていた。そして、面倒ごとは全てフォルテへとぶん投げるいつもの癖が出た。
「そうですね……弟君は絵が非常にお上手な様子。私の信仰する女神、フォルテ様の絵を描いていただく、というのはいかがでしょう?」
困ったことがあれば全部フォルテにぶん投げればなんとかなる、ハロルドは若干そう思っていた。そして、彼はそんなだから神様の評価が爆上がりするし、謙虚だと人間の権力者からも好感を持たれている。ハロルドにとっては「なんで?」という効果だが、仕方がない。神様たちはせっせと支えてくれる敬虔(?)な信徒を愛しく思うし、権力者たちは強欲な貴族ばかりを相手にしているので多くを望まないハロルドに何かしてあげたいという気持ちが募っている。
ローウェルは少しだけ意外そうな顔をしてから、弟に「ウルク。お前はどうだ?できるか?」と尋ねると、女神の存在も加わってより本格的に宗教画の構想が練り上がったウルクが興奮したような表情で頷いた。
こうして、ある種のフラグが立ち上がったのである。
ミハイル「ハロルドさんって、全部神様にぶん投げてるから加護が強いのでは?」
アーロン「やっぱりそうだよな」
そうだよ。




