12.届け物
仕方がないので、ウルクも連れて植物園に入る。彼曰く、本日は兄との約束があり、使用人と一緒に外出したら気がついたら彼らが居なくなっていたそうだ。アーロンが無の表情で「それ、クビにした方がいいのでは」と言っていた。ミハイルも「ええ、示しがつきませんしね」と真顔で同意する。
「そう……いうものでしょうか?」
「まぁ、仕事を放り出してどこかに消えたのなら、紹介状なしで解雇は妥当だと思うよ」
ハロルドも「8歳の貴族令息一人置いて、どこかへ行くやつはゴミ」と思ったのでにこやかにそう告げた。彼は自分も誘拐されかけたことがあるからか、厳しかった。
約束の時間まではあと少しあると聞いたので、一応警護についてくれている影の一人にお願いして、ウルクの兄に事情を説明するメモを届けてもらった。急な出来事であったので質の良い紙など持ち合わせてはいないが、それでも報告しておくに越したことはない。
温室の中にある花々を鑑賞しながら進むと、麦わら帽子にオーバーオールのような服装の中年男性がいた。それが目的の人物であるので、「ジェイド様」と彼の姓を呼ぶ。
「おや、アンバー殿。よく参られました。春呼び草が見頃ですぞ」
穏やかにそう言った男……マシュー・ジェイド子爵は薄桃色の小さな花を指差した。前世でいう桜に似た花がどうにも懐かしく感じられる。
「美しい花ですね。来年は育ててみようかな」
そう返答するハロルドを見ながら、マシューは嬉しそうに微笑んだ。
マシューは王妃パトリシアの派閥にいる貴族だ。とは言っても、権力を得ることに貪欲というわけではない。どちらかと言えば学者気質であり、彼の生まれ育った領地もまた、フォルツァートの神罰による影響を長く受けていた。人の力である程度のところまで土地を回復させることができた稀有な人間である。
そんな彼は、アンリの声かけによって、バリスサイトの復興にも参加していたが、なかなか思うようにはいかず、成果をあげられずにいた。そこに現れたハロルドと彼の作った肥料によって、現在のバリスサイトはかつてほどとはいかずとも、ある程度の成果をあげられるようになっている。
(まぁ、うちの息子より年下の子に頼りっきりも情けないんだけどねぇ……)
マシューはそんなことを考えながら、それでも城仕えの錬金術師や薬師が作れるようにとレシピまで渡してくれた少年に感謝していた。
「これが新作です。手に入りやすい材料で作れるようにしてみたんですけど」
説明書と実物を受け取って、代わりにとちょっと良いお菓子をハロルドたちに渡す。報酬に関しては、アンリがハロルドの口座を銀行に作ってそこに定期的に放り込んでいる。そこにまねきねこ商会からの報酬も加わっている。彼は地味にお金持ちになっていた。残高を見たら気を失うだろう。
マシューに別れを告げて、次はウルクを送っていこうと話していれば、少し遠くからウルクを呼ぶ声がした。
雪白の髪に黄色の瞳、少し心配そうな表情がハロルドたちを見て落ち着いたものへと変わっていく。
「弟が世話になった。私はローウェル・オパルスという」
「ハロルド・アンバーです。お初にお目にかかります」
アーロンはミハイルに促されてそっと頭を下げる。
じっと見定めるような目で自分を見るローウェルにハロルドは柔く微笑む。
彼らに害を加えるつもりはないし、敵対しているわけでもない。友好的な態度を示す必要がある、と判断した。
お兄ちゃんは両親や妹弟ほど穏やかじゃなかったりする。




