7.土下座聖女
手段を選ばない聖女
「お願いします。お願いしますぅ!!」
夕方になると騎士に送られてペーターがやってきた。
馬車が2台あることを疑問に思っていたハロルドたちはそこから聖女マリエが現れたことで「殿下たちも帰ってきたのか」なんて思った。
そんなことを思っていたら流れるような動作でマリエがハロルドたちの前で土下座していた。だいぶ混乱する。そして、シャルロットが立たせようとすれば、結界まで張っていた。
「何やってんだこの人」
アーロンが冷静にそう言うと、シャルロットが呆れたように「ハロルド様にお願いがあるようでして」と述べた。
「本当に。ハロルド様にお願いなんて図々しい。利用しようとする人間なんて、聖女でも必要がある?」
無邪気な笑顔でそんなことを言っている幼馴染にハロルドは頭が痛い。こめかみをトントンと指先で叩くハロルドを見ながら、アーロンは「ハル、お前が言ってたのってこういうこと?」と苦笑していた。その瞬間、首を回してアーロンを見るペーターはニタァと笑っており、「ジャパニーズホラー映画みたいだ」とハロルドは遠くを見るような目になった。
「ペーター、いらっしゃい。こっちは俺の友人のアーロン。一緒に住んでるんだ」
「よろしくな」
ひらひらと手を振るアーロンをジーッと見つめ、やがてゆっくりと頷く。ミハイルに家と部屋の案内を頼んで、ハロルドは土下座聖女マリエに声をかけた。
「俺、事情の説明って必要だと思います」
「それはそう」
やっと顔を上げたマリエは正座のまま、話し出した。
復興が進むアンバー領。落ち着いてきたため、ゆっくりする時間もできた。そうすると、以前珠が「存在する」と言っていた調味料のことを思い出した。
マリエは急に召喚される羽目になった日本人である。醤油、味噌、米……それら使った和食が恋しくなっていた。ハロルドはこの世界で生まれた時から食にこだわれるような生まれではなかったし、考える余裕もなかったため、前世の食事にそこまでの関心を持っていなかった。だが、マリエは手に入るならいつだって手に入れたい気持ちでいっぱいだった。諦めてきた年月の違いもあるだろう。
なので、珠との交渉を頑張った。
すると、最終的に珠は粘るマリエにすごく疲れて「豆がたくさんは手に入らんねん」と正直に告げた。しかし、それで諦めるマリエではなかった。
「珠さんに種を……ほら、これだけ用意してもらったの!!だからお願い!!私のための、大豆を……大豆を作って!!」
その種の量にドン引きしながらハロルドは鑑定をする。その結果、低品質と書いてあった。
「でも正直、豆育ててもそんなに使うことないしな」
「だよな。スープに入れたりするくらい」
異世界食生活にある程度馴染んでおり、自力で出汁を取る方法などを思い出せないハロルドがそうボヤくと、マリエが再び深々と頭を下げて土下座を始めた。めんどくさいなと思っているハロルド・アーロン・ミハイル、ゴミでも見るかのような目のペーター。シャルロットが「小規模でいいので確保できませんか」とマリエの擁護をするけれど、ハロルドは溜息を吐く。
「その醤油、味噌ってそんなに少ない量の豆で作れるものなのかな?俺は肉用のソースでも結構色んな種類の野菜や調味料を、それなりの量、使うよ。……まぁ、その分たくさん作れるけど」
「そら、それなりの量がいるわなぁ」
足元から声が聞こえる。思わずその主に目を向けると、三毛猫が毛繕いをした後、一声鳴いた。
「もしかして、珠さん」
「ようわかったなぁ」
楽しげな声の三毛猫を抱き上げると、すっぽりと腕の中に収まる。
「一応、作り方とかもわかるんやけど、それなりに難儀でなぁ。継続して作るんやったら設備も人手も欲しいし、簡単には上手くいかんねん。かといって国は遠いし、今の状況で帰りたくもないしなぁ」
「そ、そんなぁ……」
絶望に染まるマリエの表情に、「そんな顔されても」と眉を下げる。
(まぁ、実際。俺の領地って結構広いし、雇用にも繋がるから大陸中で売れるのなら作ってもいいんだけど……文化の違いは味覚にも影響するから、簡単に判断もできないしな)
しかし、聖女の精神面がこれで保証されるのであれば、ある程度の負担は許容範囲だろうか、なんて考えも過ぎる。そんなことを視野に入れて脳内で計算をする。 勇者が本当に機能するかわからない現状では、ハロルドは数年後に予定される魔王退治に巻き込まれる可能性を否定できなかった。豆程度でマリエが頑張るのであれば融通を利かせても良いという気持ちはある。
とりあえず、シャルロットに頼んでマリエを強制送還すると同時に、珠とコソコソ話し合った。
ちなみに結局種はハロルドが預かるし、小規模施設を珠と相談してコソコソ作る。
マリエを都合よく動かせるというメリットがあるので。
あと、珠は仲間内で「なんでこっちではうまいことお豆が育たへんのやろなぁ」と言っているお狐様の圧もあるので、豆だけはちょっと確保したかったりする。




