1 .学園2年生
学年上がるよ!
朝起きて、ぐっと身体を伸ばす。そして、ゆっくりとベッドから降りると、真っ直ぐに庭に向かう。
いつも通りに極限まで力を絞って、水を撒く。日がさして虹が掛かると、ハロルドの頭の上でネモフィラがぱちぱちと手を叩いた。
「きらきら、きれい」
その言葉に笑みを溢すと、温室、次に砂の妖精の元へ向かう。そして水やりとメンテナンスをして帰ってくると、慌てた様子のミハイルが「ハロルドさん!どこに行ってたんです!?」と慌てていた。学園でも様呼びされるとキツいと思ったので、直してもらった。
「水やりと土の確認してた」
ハロルドが抱えている赤い花に、ミハイルは顔を引き攣らせた。それはラムルで美容に良いとされているものだ。一瞬、どこから取り出したのだろう、と考えるもののミハイルの主人は神々をはじめとする加護持ちだ。気にしない方が身のためだろう、と切り替える。
「神棚に供えてくるから待ってて」
フォルテ用に作られているそれの前に花瓶を置き、適当に花を突っ込む。じーっと見つめてから少しだけ位置や長さの調整をする。ハロルドには花道やフラワーアレンジメントの経験はない。「よくわからないけど、こんなもの?」と首を傾げている。耳元で「ハル、そっちのお花もう少し真ん中に寄せて……そう!こっちのが良いんじゃない!?」とローズがウキウキで指示している。正直なところ、あまり自分の美的センスを信用していないのでハロルドは素直にその通りにする。
「おお……?これがバエってやつかな?」
先ほどよりも見栄えが良くなったかもしれない、とローズにお礼を言って台所へ向かった。
そこではすでにアーロンが鼻歌を歌いながら鍋をかき混ぜていた。
「ハル、はよ」
「おはよう、アーロン。あれ、スノウは?」
「手伝いとか言ってやってきて、ウィンナーとかつまみ食いしようとするから、さっき追い出した」
手慣れている。スノウの言葉がわかるせいもあるだろうが、扱いが犬というより弟のようだ。
「今日から2年か。あのクソ担任のクラスじゃなけりゃいいけど」
「あの授業態度では上のクラスの担任はできないと思うよ」
Fクラスにいたからか、1年時の担任は相手をするのも面倒という様子だった。結局、Fクラスの文字の勉強や遅れを取り戻すための説明をしていたのはハロルドやアーロンたちであり、彼は元から少しくらい勉強ができる子としか関わりがなかった。国王リチャードは「まともな神の寵児の恩師、とか大金払ってでも得たい称号だろうに、真面目に仕事してねぇから一生縁のない相手になっちまったなー」と報告書を読みながら思ったりもした。
「パンの準備は」
「もうしてあるよ」
「うし、食うか。そういや、ペーターだっけ?そいつが来るの今日の夕方だったか?」
アーロンの言葉に苦笑しながら頷いた。
ペーターは結局、ハロルドが引き取ると申し出た。理由はそのスキルにある。
悪い人間に取り込まれてしまう可能性があった。母親の例があるのだ。親しかった知り合いが罪人になれば、彼も『そう』なってしまう可能性は否定できなかった。だからハロルドは自分のために、ペーターを引き入れることにした。
「ごめんね、迷惑かけるかも」
「別に、部屋は余ってんだ。元々平民ならある程度身の回りのこともできるだろうし、そんな手間でもねぇだろ」
「ありがとう」
アーロンはハロルド自身に何があったかを聞いている。この状況で「そんなもん他人じゃねぇか。身内に任せとけよ」とは思わない。友人をジト目で見て、溜息を吐いてから背中を叩いた。
「ま、何にしてもまた環境が変わるんだ。頑張ろうぜ、相棒」
にっと笑って顔を覗き込むと、ハロルドも笑顔になる。それを見て満足したようにドアを開けると、ミハイルの腕の中で採れたての魚のように暴れているスノウの姿があった。子犬型である。
「メシだぞ」
スノウはアーロンの言葉で目をキラキラさせて大人しくなった。
「な、なんてヤツだ……」
「実際生まれてまもないガキだからなぁ」
すでに朝からボロボロのミハイルは推定精霊獣か何かの子犬を見ながら呟いた。
彼の精神的負担を考えると、スノウが神獣フェンリルである事実は言わない方がいい気がしているアーロンだった。
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感想もありがとうございます。お返事はしておりませんが、ありがたく読ませていただいています。
感想欄はとりあえず、今月いっぱいまでの解放にしようと思っています。




