36.主神は誤算だらけ
脳筋ファミリー!
「何で俺の聖女が呪いを受けているんだ?」
フォルツァートは筋トレを終えた後、久々に下界を覗いていた。
彼はやることがそれなりに過激だ。直情型で腹が立ったら背後関係を調べずにその時の感情のみで加護も、罰も与えてしまう。それ故に一応妻の一人に言われて覗くのは控えているが、今までフォルツァートの加護持ちとあれば下にも置かない歓待ぶりであった。少し調子に乗り過ぎたものが無残な最期を迎えることもあったが責任持って彼が報復をしている。やった後、片割れや妻が烈火の如く怒るのだが、その理由を彼は欠片も理解してはいなかった。
「理由を見て納得いかなかったら報復するか」
そう呟いたフォルツァートの後ろから足音がする。振り返れば、息子が呆れたような顔で立っていた。
母親譲りの水色の髪に緑色の瞳を持つ、メガネをかけた青年は「報告書を読んでいなかったのか」と嫌悪を滲ませた声で言う。
「その女は、医学の発展に寄与する予定だった為政者を害する発端となり、僕たちの神子に非常に迷惑をかけた。神罰を僕たちの神子が望まない様子だったので条件を満たすことで解除できる呪いという手段を取った。以上が簡単な顛末だが、何か文句があるのか、クソ親父」
フォルツァートを『クソ親父』と呼んだのは医神アルスである。彼はフォルツァートと人間の薬師であった母との間に生まれた半神だった。病によって母親を亡くしたことをきっかけに神と祀られる程に人を救うことになり、現在に至る。
父であるはずのフォルツァートとは神として昇華された時からの長い付き合いだが、やることの的外れっぷりは「これを親と思いたくない」という気持ちを抱かせるに十分だった。
「何で神界が報告書社会になってるんだよ……!?」
「あんたが好きにしろっていうからだろう。ユースティア様が父上のあまりのやらかしにブチギレてやったことだ。自分の妻の整えた法整備だぞ、なぜ把握しようとしない」
現在のフォルツァートの妻は三柱の女神であり、ユースティアはフォルツァートの妻の一人だ。人間も含めれば関係を持った者はそれなりにいるが、神の座には登れなかった者、登らなかった者、妻の座には興味がなかった者……色んな相手、その立場がある。斯くいうアルスの母親も神の座には登らなかった者の一人だ。彼女は「人として生き、人として死にます」と潔くアルスの前から去っていった。
「ティアは厳しい。そこが美しいのだが」
「今回あなたが何もしていないことに一番喜んでいるのはあの方だ。納得がいかないと駄々をこねて今更何かしようものなら離婚騒動になるぞ」
「そ、それは困る!!」
意外に妻たちに弱いフォルツァートは、少し慌てたようにそう叫ぶ。
「だが、可哀想ではないか?」
「僕のハロルドの方が可哀想だが?」
アルスは苛立ったようにそう返して、水鏡にハロルドの人生を映し出す。全て見終わった頃にはフォルツァートは男泣きしていた。別に可哀想勝負をしたいわけではなかった。例を示し、周囲がどういう反応をしたか、本人がどう思っているかを見せて神の加護を得た人間の中では謙虚な方の少年の姿を見せる事で、彼の何も考えない行動パターンを改善できるのではという淡い期待を持っていた。
自分の身に合わないと本人が思っている今の立ち位置や、それに合わせて今までの加護持ちの大きな権力を得てからの凋落を解説付きで見せて「下界の許容範囲を超える特別扱いは良くない」と認識してもらうのが目的だった。
「彼らの不幸は大体父上のせいです」
「ええ、あなたのせいですわね」
いつの間にか、アルスの横には黒髪に紫水晶のような瞳を持つ、小柄な少女が立っていた。目は吊り目がちであるが丸みを帯びて高貴な猫のような印象がある。しかし、帯びる雰囲気はどこか厳格で逆らってはいけないと本能に訴えてくるものがある。
「ゆ、ユースティア」
「はい、あなたのユースティアですわ。フォルツァート様」
にっこりと笑う天秤の女神ユースティアは美しいけれど、どこか恐ろしい。雰囲気に呑まれて「お詫びに俺も加護しちゃおうかなー」とやろうとすると思い切り扇でベシンと太腿あたりを叩かれた。
「い゙だ!?」
「余計なことはおよしになって。あなた様、ただでさえフォルテ様に毛嫌いされておりますのに、その寵児に手を出しては戦争になりますわよ。あ、わたくしその場合はフォルテ様につきますわ」
「僕も」
「おい、俺の妻と我が子ぉ!!」
さっきとは別の意味で涙目になっている。フォルツァートはやらかしが多すぎて信頼されていなかった。とはいえ、妻をやっているだけあって嫌いなわけではない。
(あの子のおかげで少しは自制というものを覚えさせられそう……。この方、性格が悪いわけではないのですけど、昔から考えなしが過ぎるのですわ。ふふ、そこが躾けがいがあって可愛いのですけど)
アルスはゾワっとしたものが背中に走ってユースティアを見ると、彼女はうっそりと微笑んでいる。こういう時は碌なことがない。
彼は「じゃあ、僕は帰るけど余計なことはしないでね」と言い残してその神域から出る。
取り残されたフォルツァートは妻の表情に嫌な予感がバッシバシするものの彼女の笑顔に弱かった。
「ユースティア」
「二人きりですわね?」
こういう時の妻は危険であると知っている。けれど、「この機会です。今までの考えなしの神罰も含めて、じーっくりお話し合いをするといたしましょう」と言われて逃げられないと項垂れた。脳筋は美しくて賢い妻のことを愛しているが、難しい話は苦手だった。
(この機会をくれたのだもの。あの子なら悪用もせぬでしょうし、わたくしも少しくらい構いませんよね?)
アルスがフォルツァートのところに釘をさしにきただけだったのに、反省してビシバシ扱くきっかけを与えられたと内心狂喜乱舞の女神はこっそりとハロルドへと加護を与える。
人の与り知らぬところで、神に気まぐれが発動したせいで、ハロルドにまた加護が増えることになったのだった。
ユースティアはSっ気の強い感じなろりきょぬー




