4.侍従見習い
ミハイルは自分がすぐに貴族でなくなるだろうということに、やはり両親たちよりも先に気がついた。
異母姉がいなくなった瞬間にとんでもない借金をこさえてくる姿はもはや何か得体の知れない生き物にしか見えなかった。それに、異母姉を養子に出したことで少なくない金銭が支払われていたのに、彼らはそれを数日でマイナスを超えるマイナスにまで持っていった。
それならば早く次にどうするかを決めなければいけなかったが、父親が金を渡したところは犯罪組織で、母親が金を落としていた店は不法薬物を売り捌き、姉は誑かした男たちから金銭を巻き上げていたなどで家族揃って確保された。そこに貴族至上主義の祖父まで騒ぎ出してしっちゃかめっちゃかである。貴族がやったことはなんやかんや許されると思っているらしく、家だけは許せと言っていた。ミハイルは「どいつもこいつもダメだ」と頭を抱えた。
あらゆる不正の証拠が出なかった人物がミハイルだけであった。話を聞くだけでドッと疲れが増す心地がした。
もうどうにでもなればいいという心境になりつつあった時、異母姉の婚約者が自分を引き取ってくれるという話になった。驚いて、上手い話には裏があると警戒する気持ちもあったが、本気で「どうにでもなれー!」という気持ちだったのでその話を聞くことにした。
そして目の前に現れた少年は、どこかで見覚えがある気がした。
連れて帰られる時に聞いた話では、「フォルテ様の神殿じゃないかな。後ろにいたから」などと言っていたが、第三王子に声をかけられたことで思い出す。
(そうだ。奇跡の美少年だ……!)
もしハロルドが彼の心を読むことができれば上位クラスで「奇跡の美少年」などと呼ばれている事実にとても嫌な顔をしたかもしれないが、幸いにもそんな能力はなかった。
「本当に引き取ったのだな。しかし、彼をどうするつもりだ?」
「侍従にしようと思って」
「ああ、なるほど。それならば確かに貴族生活を知る者を迎え入れるのは悪くない。しかし、教育はどうするんだ?」
「エドワードさんに聞いたら手配してくれるらしいからお言葉に甘えようと思ってる」
「エドワードさんが選ぶ人めちゃくちゃ厳しいよ?」
ルートヴィヒと一緒にいたブライトが口を挟むと、「それはお前が泣き言ばかり言うからだろう」と呆れたように突っ込まれた。ブライトには学園に入るまで勉強をする習慣があまりなかったので、そこまで勉学に興味がなかった。それでも上位の成績を維持できているのは友人になったハロルドたちが上位クラスを目指しているので置いていかれたくなかったからだ。あとはアーロンが「おっまえ、勉強さえできればどこでも生きていける力があるんだからやれ!!サボんな!!」と口うるさく言っていたせいもあるかもしれない。何か反論してもハロルドとルートヴィヒもアーロンに同意するので泣き言を言いながら教科書を開いて予習復習をしている。
「エリザも彼なら真面目だし大丈夫だろうって言ってたし、そこまで問題にはならないだろ。そうだ、春季休暇中は領地の方見てくるから何かあればそっちに連絡して」
「わかった」
「うん。でも、在学中は王家が基本的に運営をしてくれるんだよね?別に行かなくてもいいんじゃない?」
「全部任せっぱなしってわけにもいかないだろ」
ハロルドの返答に「それもそうだよねぇ」とブライトは少し寂しそうに頷いた。彼も休暇中くらい一緒に遊べるかなと思っていたのが全部パァなので言ってみただけである。
ジョシュアの分まで正式にぶん投げられている上に、まだ本調子ではないのにガンガン働くアンリのサポートをしているルートヴィヒを放っておくわけにもいかない。なんのかんの、書類の整理やスケジュール管理なども覚えつつある。ルートヴィヒやブライトもそれなりに忙しかった。
「そうだ、ミハイル・タンザナイト」
「はい」
「私個人としてはエリザベータ嬢は割とどうでもいいのだが」
「ルイ」
ルートヴィヒはハロルドが自分を呼ぶ声に棘を感じるが、そのまま続けた。
「ハロルド・アンバーは私のとても大事な友人だ。裏切れば、な?」
その言葉にミハイルは卒倒しそうだった。こてんと傾げられた首と仕草はどこかチャーミングだが、目がガチだった。
頭が痛いとでも言うように額に手を当てる未来の義兄は「……仲良くとは言わないから、取り繕ってくれ」と声を出した。ミハイルは「この人も厄介な友人連れてんな」と思った。なお、もっと厄介なものが姿隠しの魔法でふよふよ周囲を浮いていることに気づくのは家に連れて帰られてからである。
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