3.婚約者の弟
ハロルドは、エリザベータと別れて、馬車に乗って王城へ戻る。エリザベータまで一緒に来るとは思っていなかったのでその辺りの相談と、ついでに頼まれた弟ミハイルの引き取りを兼ねていた。なお、ルビー侯爵家自体は引き取りに難色を示しているので連れて帰るのもハロルドである。
これは自分のわがままであるからと、エリザベータも強くは頼まなかったが、サクッと「いいよ、君が望むのなら」と受け入れたあたりに驚いていた。「結局、誰かを助けて頭を抱えているのですもの」というエリザベータの言葉はこういうところへの感想も入っている。
ハロルドはきっちりミハイルに働いてもらうつもりであるし、少しお金を払ったくらいで婚約者に恩を売れるのであればむしろプラスに働くと思っていたりはするが。
ルビー侯爵家から急いで伝令を出してもらったため、急いで出てきてくれたエドワードには申し訳ないと頭を下げた。今回は一応王太子管轄らしいので素直に「お手数をおかけしてすみません」と言う。
「いえ、ルビー嬢も来られるのであればよりあなたの安全性は増します。それに合わせて世話をする人間は増やさないといけませんが。それにしても、ミハイル・タンザナイトの引き取りは本当によいのですか?」
「はい。あ、でも他は要らないので法に照らし合わせて裁いてください。彼女からもおれ……じゃない、私が思うように処分をしてもいいと言われています」
自分を「私」と言うことに慣れない様子のハロルドを見ながら、エドワードはハロルドにもそんな一面があるのだなと少しほっこりした気持ちになっていた。だが、実際に言っている発言はちっとも可愛くない。ハロルドは「エリザベータが要らないなら他は要らない」と言い切った形になる。慈悲も何もなく、とてもドライだった。しかも、「特に手心も加えなくて良いです。エリザをバカにしたり、利用しようとする人たちは必要ないので遠慮なくやってください」と付け足す辺り徹底している。
追加の世話役などの件は王太子たちが全面的に用意することになったので、ミハイルのところに向かう。
彼だけは暴れなかったので貴族牢の方に入れられているようだ。エドワードも「他の方々は自分は悪くないとそれはもう暴れて……」と証言する。タンザナイト前当主も「家はエリザベータに継がせるから潰すな」と言っているようだが、一笑に付されて終わっている。爵位はもう譲っており、特に社交界などに影響があるわけではない彼の言葉になど耳を貸すものはいなかった。
(俺的にも、肝心な時にエリザを助けなかったような人にどうこう言われるのも面倒だから、ここはまとめていなくなってくれた方が気が楽だな)
何もしないと契約ができるならば、生活費と世話役をつけて静かに余生を送らせてやっても構わないが、関わらせるつもりはなかった。エリザベータの中の家族に彼らは居ないのだ。騒がれても煩わしいだけである。
案内された先で、ミッドナイトブルーの色をした少し長い髪を尻尾のように束ねた少年がいた。ハロルドとは学年が同じなのでそこまで体格も変わらないように見える。青紫の瞳はどこか疲れたようだ。
「ミハイル・タンザナイト伯爵令息で間違いありませんか?」
「はい」
「初めまして。私はハロルド・アンバー。縁があってあなたの異母姉と婚約を結んでいます」
穏やかに微笑みかけるハロルドの言葉に驚いたように目を見開いた。
そして、「愛しの婚約者の頼みで、あなただけを引き取ることにしました」と続ける。
「僕、だけ……?」
ハロルドは頷いて、「他は要らない」と言うとみるみるうちに嬉しそうな顔になった。
「つ、つまりもうあの碌でもない両親や姉……あ、同母の!世話も見張りも尻拭いもしなくていい!?」
「どれだけ苦労してきたの」
呆れたようにそう返したハロルドの言葉が聞こえないのか、「神!?」とキラキラした瞳をしている。
「私はただの人ですよ」
異母姉にも会えるようになると聞くと嬉しそうに「行きます働きます、働かせてください!!」と彼はしっかり契約書を隅から隅まで読んで名前を書いた。きっちり読み込むあたりが偉いな、とハロルドとエドワードは目の前のミハイルを見て苦笑していた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます




