33.初めての夜会1
珠に用意された正装に身を包んだハロルドは叙爵の日を迎えていた。
濃紺のコートには金色で刺繍が施されている。白いシャツに結ばれたタイにはアンバーのブローチをつけられた。貴族らしい格好に鏡の中のハロルドは不機嫌そうな顔になっている。
「そんな顔しとったら、上手くいくもんもいかへんで?ん〜、さすが珠!ええできや!!」
そう言いながら珠は嬉しそうに微笑んだ。「にゃっふふ〜ん、お買い上げありがとうございます〜」と言う彼女の目には支払われるであろう金貨しか見えていない。珠はお金が大好きだった。
「ハロルド、準備はできた?……あら、格好良くしてもらったわね」
「エリザベータ嬢」
「エリザでいいわ。その方が親密そうでしょう?」
淡々と告げられた言葉に、「それもそうだね」と返したハロルドを見ながら珠は「コイツら、どっちもどっちな気ぃすんなぁ」なんて思った。珠の目に映る二人はすごくビジネスライクな関係に見えた。
二人とも、特にそんなつもりはない。双方共に親愛の情はある。ただ、やり取りが淡々としているだけだ。
着飾ったエリザベータは非常に美しい。こちらも濃紺のドレスに金色の刺繍が施されている。首飾りのアンバーは光が当たると夜空に輝く星のような輝きを見せた。
「綺麗だ」
「ありがとう」
その手を取ったハロルドと目を合わせると、エリザベータは「あら」と言って何かに気がついたように、まじまじと彼の顔を見つめた。
アルスたちと旅をしていた時は、エリザベータより少し小さかったように思えたハロルドとの視線が近くなった気がした。今はエリザベータも夜会に出るためにヒールの高い靴を履いている。それで近い、ということは靴を脱げば身長はそう変わらない高さになっていることだろう。
「どうかした?」
「なんでもありませんわ」
わざわざ背が伸びた、だなんて言わなくてもいいだろう、とエリザベータはほんの少し口角を上げた。それを見たハロルドは「何か知らないけど機嫌が良さそう」と思いながら共に部屋を出た。そこには、エドワード・ラピスラズリがいた。「控え室までご案内致します」と丁寧に頭を下げられてハロルドは困惑した。彼は侯爵家の嫡男だ。いくらなんでも、新米男爵が頭を下げられるのもおかしい。
そんな様子を見て、エドワードは苦笑する。
「忘れているみたいだけれど、君は本来、王族並みの対応をされてしかるべき立場なんだよ」
「すみません。そういうの、本当に心臓に悪くて」
ハロルドは根っから庶民だ。顔はともかくとして、性格は。
「あまり傲慢になってもらっても困るけれど……いや、君の場合はもしかしたらそれくらいでちょうどいいかもしれないな」
そんなことを言われても、と眉を下げる。ハロルドのそんな様子を見たエリザベータは「ほら、わかりやすい表情だとつけいられる隙を生みますわ」と注意をされる。
そうだった、とゆっくり息を吐いてから表情を消す。
「今日はわたくしと王家の方々以外にはそれですよ」
「……わかっているよ、エリザ」
エリザベータに向けて、柔らかな笑みが向けられる。黄金色の瞳が蜂蜜を溶かしたような甘さを孕んで見える。
ともすれば少しその目が合わさっただけで愛されていると勘違いされそうなそれに、エドワードは溜息を吐いた。
なお、参考元は幼き日に見た母親が異性を見る時の表情であるので、割と碌でもない。
「……あなた、道を踏み外したら悪い男になりそうね」
「では、見張っているしかないね」
声音まで甘い。
冷たいと言われる表情・声音、そして真逆の今の状態。共に見本が近場にあったので使い分け自体はそこまで苦労しなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
悪い見本がいっぱい居るハロルド。
8月は繁忙期でちょっと更新まちまちになると思います。




