6.最底辺クラス
「ハロルドくん、アーロンくん!」
キラキラした笑顔で手を振るのはベキリー伯爵家次男、ブライト・ベキリーである。
((なぜFクラスに!?))
ハロルドとアーロンの心が一つになった瞬間だった。
彼は一応伯爵家の出身である。通常、こんな最底辺クラスに居ていい存在ではない。
駆け寄ってくるブライトは不思議そうに「どうかした?」と小首を傾げた。
「なんでお前がFクラスにいるんだよ」
「ああ!だって僕、勉強できないんだもん」
ケロリとそう言うブライトだが、もうここまでくると「伯爵家、もしかして没落しかけなのか?」という懸念が出てくる。貧乏ならば次男以下の勉学が疎かになってもある程度仕方がないか、と思うからだ。それにしてもやり方はあっただろうとも思うけれど。
「二人と一緒でよかった」
ほわほわと笑うブライトに、「まぁ、コイツが良いならいっか」とアーロンは考えることをやめた。ハロルドも「教科書重そうだな」と切り替えている。
そのまま後ろの方の席に並んで座っていると、時間になって草臥れた白衣の男が入ってきた。無精髭を生やしており、髪はボサボサであくびをしている。ズレたメガネを直して教室を見回した。
「よし、みんな揃ってんな。俺は担任のアンドリューだ。今日から一年間お前らの世話をすることになる」
面倒そうにそう言うと、初日に行う儀式の説明だけして、残りは「机の上のパンフレットと学生証を読み込んでおくように」と言って置いてある椅子に座った。
「ハロルドくん、なんて書いてあるの?」
困ったような顔のブライトに「伯爵家さぁ!?」というのが隠せなくなってきた。それと同時に数名がそろそろと近寄ってきて「私も文字を習うのが初めてで……」と机の上の一式を抱えてやってきた。
スキルや魔力を見つかる場所やタイミングなどは様々だ。領地によってはわざわざ平民に文字などを教えないところもある。
(だからこその初年度平民Fクラスのはずなんだけどな)
ハロルドの担任への評価がガクッと落ちたが、彼らは基本的に貴族だ。平民からの評価など気にすることはない。もしかしたら、Fクラスの人間に教えるつもりはないということなのかもしれない。やる気もなさそうだ。
待ち時間中、ブライトに教えるついでに二人はその数名と一緒にパンフレットと学生証に目を通した。
その状況下で全く動く気はなく、呑気に本を広げる担任に冷たい目を一瞬だけ向けるが、すぐに視線を外した。
(やる気がないやつに何言っても無駄か)
学園にやってきた平民たちの4割ほどは卒業できないまま魔力を使えなくなって帰ってくるという噂がある。その理由を垣間見た気がした。
そもそも、今住んでいる領地で文字を教えてもらうことができるのだって領主の政策であって、別に国で定められているわけではない。貴族には文字を読めない人間の存在が信じられないのかもしれない。
「文字も読めないのに学園に来たのかよ」
鼻で笑う男子生徒の声。そして、担任もまた同じように笑った。
暗い顔で俯く周囲の子たち。
やる気がないだけならば良いけれど、馬鹿にするのはいただけなかった。
ハロルドは柔らかく微笑む。春風のような温かい笑顔だけれど、内心では吹雪が吹き荒れている。
「大丈夫だよ。やる気があれば、きっとすぐに覚えられる」
そこらの人間なんて霞むような美形の笑顔に、俯いていた子どもたちは頬を染めて頷いた。
そもそも、他人にわからないと聞きに行けるだけ向上心がある。アーロンだってその結果、文字や簡単な計算を覚えたのだ。教えてくれる人間さえいれば這い上がることができる者もそれなりにいるだろう。
(でも、コイツの担当教科とかマジで授業受けたくないな)
祖父母のためにも留年するつもりはないが、彼も中身の年齢がそれなりとはいえ人の子なので、人間に対しての好き嫌いはあった。こっちは規則で連れてこられているというのにこの態度はあんまりである。
危険管理は最終的に封印してしまえばそれで済むという考え方なのだろう。その結果として生活に支障が出る平民のことは考えないのだ。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!