30.婚約と打算
「けれど、陛下はアンネリース殿下を降嫁させるものと思っておりましたわ」
エリザベータの疑問にアンリは「ああ、簡単な話だよ」とこともなげに答えた。
「アンネリースは確かに植物学などには精通している。けれど現在のところ、王族としての勉学はおろか、淑女教育の進捗もよろしくない。ハロルドに苦労をかけるに決まっているのに降嫁なんてさせられないよ。兄としては可愛い異母妹だけれどね」
思いの外、辛辣な言葉にルビー侯爵夫妻も苦笑を隠せない。ハロルドもその発言に少しだけ驚いていると、「情と国としての判断は別であるべきだろう?」と肩をすくめた。王族であれば尚のことだとアンリは考えている。そして、彼の弟妹はその辺りが甘いとも言えた。
(もっと真剣にやればできる子のはずなんだけど、やる気が感じられないんだよね)
ハロルドには二柱の神に、多くの妖精がついている。精霊も懐いてはいるが、ハロルドに大きく関わってはいない。加護を持っていても、妖精のように生活を同じくしているわけではない。
ハロルドが一人いるだけで、植物の育たない地が、穀物地帯へと蘇るのだ。そのような国に対する影響力が高い少年に、現段階で重荷になりそうな異母妹を降嫁させるのはこの国に引き止めるには逆効果だろう。それならば、共に戦う友にもなれそうなエリザベータの方が負担が少なく情も湧くだろうと考えた。
「二人の了承も得られたし、ルビー侯爵家としても構わないかな?」
「神子様との縁が得られるのは、当家としても幸いなことです」
「ええ、そうね。それに、わたくし娘も欲しかったの。嬉しいわ」
ルビー侯爵家は息子が三人おり、娘はいない。三人が三人ともワーカホリック的な質で、一人は文官として城であくせくと働き、一人は騎士として辺境に出兵しており、最後の一人は領地で駆けずり回っている。親どころか妻ですら中々顔を見ないという彼らは何度か離婚騒動を引き起こしている。
(どこかで聞いた話だな)
そう思ったのはハロルドだけでなかったようで、エリザベータの視線もアンリに向いていた。
視線に気がついたのか、アンリは気まずそうに咳払いをして手続きの書類を用意させていた。
「本当によろしかったの?」
「ええ、俺はエリザベータ嬢となら息がしやすそうなので。むしろ、あなたこそ俺で良かったんですか?」
恋をした人が近くにいるのに、もう素直に思いを告げることは許されない。だからこそ、そう返すとエリザベータは「ええ、わたくしの夢と恋は同時に叶うものではないらしいので」とほんの少し瞳を伏せた。
エリザベータにも人並みに「温かい家庭」というものに憧れがあった。それはブライトとではほぼ確実に手に入らないものだ。なぜなら、ブライトには家族への憧れとか興味が一切なく、それどころか「処分できないの、アレ」なんて言ってのけるタイプの人間であるからだ。家庭環境が悪すぎた。
「わたくしも、さすがにあの方が家庭を築くには向いていないことには気が付きましたわ」
「ああ、うん。確かに現状は向いてない。将来的には、わかんないけど」
そう言ったハロルドだけど、よほどの事態が起きない限りは難しい気はしている。
こうして二人の双方の打算が少しずつ絡んだ婚約が締結された。
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