9.砂漠へ
用意されていたのがただの馬ではなく魔馬で、ハロルドは目をパチクリした。
こんなに近くで魔馬を見るのは初めてである。アシェルが魔馬を飼っているという話は聞いていたが、なぜか近寄らせてもらえなかった。
「うん、やっぱり顔が見えなければそこまで目を引かないようだな。……普通はそこまで顔を隠す方が目立つものだが」
「……ソウデスネ」
アイマンの言葉に頷いて、「顔だけ隠せば良いならもしかして、認識阻害のメガネとか作ればここまで苦労してないのでは?」などということに気付いてカタコトになってしまった。
(帰ったら最優先で材料を集めよう)
ハロルドの決意は固かった。
魔馬を見ながら、「乗馬とかの経験がないんですけど」とハロルドが言うとエリザベータが「私の後ろに乗れば良いわ」と言って魔馬を撫でた。
「学園での乗馬訓練は4年次からだものね」
平民も交ざっているからか、一応初めの三年間は基礎学習に充てられている。貴族などは家でそれなりの学習をしているのが常ではあるが、金銭的に余裕のない家の人間もいるので、ある程度勉学に慣れてからという意味合いもありそうだ。
「魔馬に乗った感覚は馬と比較的変わりがないわ。妖精馬になると相当変わると文献に残っているけれど」
「あの子たちは王様の認めた乗り手しか、基本認めないもの」
「人間、捕まえてもムダ」
「妖精の主人は王様だけぇ〜」
ハロルドの外套の隙間からひょっこりと顔を出した妖精たちがそんなことを言っている。アルスはそれを聞きながら、「ティターニアを始め、みんな結構偏屈というか、面倒な性格だった気がするけどハロルドは愛されてるしね。乗る機会はあるかもしれないな」などと思ったが黙っておいた。
「本来なら長距離移動はラクダの方がいいのだが、乗れないだろう?」
「今度ゆっくりフィールドワークする時は雇ってみようかな」
意外にもアルスは人間のお金を持っていた。薬を売ったり、果ては金銭を供えられることで得ているようだ。
その割に高価な薬草やら調合に使う花などは供えられない。
彼の信者は、彼と同じような性質の持ち主か患者である。お金は供えても、自分たちも研究や治療で使うものを供えたりはしなかった。
(この旅が終わればハロルドに強請ろう。なんか、植物を育てるのも好きなようだし、種を渡してもいいかもしれない)
神にもそんなささやかな打算があった。
荷物を載せていると、近寄ってきたアイマンに剣を渡される。
「自衛のためにある程度扱えた方がいい」
学園での剣術の授業よりももっと本格的な鍛錬をさせられそうな気配がした。
魔馬に乗り、一行は砂漠へと歩を進める。
(早く帰って、ゆっくり土いじりでもしてたい)
心の底からの思いはなかなか叶うことはなかった。
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