3.旅に出るその前に
ちょっとだけ「何で俺がこんなことやってるんだろう」と思いながら、ハロルドは動いていた。
聖女の利用はハロルドの案だ。代わりに見張りはつけることになったけれど、それはそれで仕方がない。
アンリの側で治癒の魔法を使い始めた聖女、光島万里絵を見てから眉を下げて「ごめん。よろしくね」とルクスとルアに言った。
「大丈夫です。サボっていたらシバきます」
「大丈夫だ。魅了は使った瞬間仕置きする」
ルクスはにこやかに、ルアは無表情にそう言った。ルートヴィヒは不服そうだが、現状これしか生命維持の方法がない。
そして、ハロルドならなんとかできるんじゃないか、と思っていたのかもしれないが、今は無理である。というか、その解決方法を知っている神を待たせている状況だ。
(神域にありそうだなと思ったけど……いや、あの神なら使ってしまって手元にないとかいう可能性もあるな)
彼も王太子が死んでは困ると言っていた。すぐに助けることができたならば、助けていただろう。
本当はルクスとルアも一緒に連れて行きたかったハロルドではあるけれど、ルクスは万里絵の休憩時に魔法をかける為に必要だろうし、魅了などを使用していることがすぐにわかるルアも見張りの為に置いて行くことにした。
暫しの別れを告げて、いつも妖精たちが転移させてくれる庭の方へ向かうとアルスが立っていた。その姿は神域で見かけた時のような神様らしき衣装ではなく、人間の冒険者のような姿だった。
「遅い、と言いたいが君がいない間の処置をしてきたのだな。フォルツァートの聖女を活用するのは良い案だ」
「まぁ、彼女にも責任ありそうだったので」
ハロルドは何がどうして聖女の信望者が凶行に及んだのかを知らないけれど、「支配も中途半端っぽくて、つけ込まれたんじゃないかなぁ」程度には考えている。
ジョシュアのこと自体は本当に好きであるようだったので、「アンリを助けることができたならば、ジョシュアの無罪を証明するために神子権限で人を動かす」と言えば飛びついた。実際に調査なんてハロルドが何もしなくても進むし、彼の見立てではアンリの生命維持がやっとだろう。
「それで、この周囲に人は?」
「人払いをお願いしてきました」
「うん、よろしい。じゃあ、行こうか」
足元に大きな魔法陣のようなものが展開される。赤とオレンジの花の紋様だ。
周囲の空気が変わった瞬間、「あ」とアルスが声に出した。
「何か巻き込んだな」
「巻き込んだぁ!?」
周囲の風景が変わっている。
少し先には緑があるが、後ろを向けば少し感じの違う集落があった。多民族が集まり、夜遅い時間だというのに屋台の主の声がしていて活気がある。火が焚かれていて、屈強な男たちが武器を持ってそこを守っている様子が見えた。
「南の辺境伯領を越えたあたりですわね。ここを過ぎれば砂漠ですから、多くのキャラバンはここで休み、準備を整えてから砂の国へと行くのです」
落ち着いた、感情の起伏が少ない女性の声だった。ゆっくりと振り向くと、紺色を基調とした上品なドレスを身に纏う女性がいた。
「エリザベータ・タンザナイト嬢……?」
「こんばんは、ハロルドさん。どうしてわたくしがここにいるのかお伺いしてもよろしくて?」
そこには無感情に二人を見つめるエリザベータがいた。ハロルドはむしろ「何であなたがここに!?」の心境であった。
「その前に、その……王城の庭に、いらっしゃった?」
「はい。遠視の魔法の距離、ギリギリでわたくしのブライト様の様子を見ておりましたので」
侵入していたようだった。優秀らしいという話ではあったけれど、それでいいのだろうか。
ブライトの名前が出た瞬間だけはどこか愛らしく恋する乙女な様子を見せる。
ちょっと頭が痛くなってきたハロルドだった。
頭痛の種が多すぎる。
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